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臨床情報「成人期広汎性発達障害の自殺再企図防止について」

今回は、「成人期広汎性発達障害の自殺再企図防止について」です。

我々の作成した論文より一部抜粋して記載しています。救命救急センターに搬送された成人期広汎性発達障害自殺企図例のケーススタディが元になっています。

広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorder:PDD)が世間に広く知られるようになりましたが,その概念が普及する以前はPDDの特性を有していた子どもは専門の医療機関に受診することなく成人まで成長しそのまま社会に出ていたと考えられます。
特に知的な遅れのないPDDの場合は,一見すると定型発達者と変わらないため見過ごされている可能性が高いと思われます。その中にはPDDの対人相互性の障害により対人関係でのトラブルを繰り返し友人だけでなく家族にも理解されず,十分な支援を受けられずに成人している者も大勢いると考えられます。特に自殺企図で搬送される患者の中には,PDDの特性ゆえに友人や家族との関係や仕事上の対人関係で悩み自殺企図に至ったケースが少なからず存在しています。そのような症例では,繰り返す対人関係や仕事上の失敗体験のために自己評価が下がっていること,本人の病識が乏しいこと,そして周囲の支援が得られにくいこと,などの点から外来での治療に結びつけることが困難であることが少なくありません。
 
救急外来に自殺企図で搬送される患者の中にはPDDの特性を持った患者が数多く存在しています。精神遅滞の合併のないPDDの特徴を有する患者は,幼少期から対人相互性の問題を抱えていても学校での成績は普通であり通常学級に在籍し,医療機関に一度も受診することなく成人し社会に出ている場合があります。しかし彼らはそれまでの生育歴の中で定型発達者と比べて対人関係に悩んでいる場合が多く,対人的なコミュニケーションでの失敗体験の連続によりストレス耐性が低く,悲観的で自己評価が低く容易に不適応に陥りやすくなっていることが多いと考えられます。また,自殺企図に至ったPDD例は対人相互性の問題により社会の中だけでなく家庭内でも不適応を起こし続け,ついには家族との関係がこじれてしまっていることも少なくありません。不適応を起こした際に友人や家族のサポートが受けられないため自殺企図に至ってしまう可能性も高くなると考えられます。さらにPDD患者は想像力の障害から自殺企図によって自分や周囲に生じる結果を想像することが困難であり,その結果,自殺に対しての抑止力が定型発達者と比べて劣っている可能性があります。現在,成人のPDDの自殺企図患者の再企図防止について確立された方法はなく,成人のPDDの自殺の疫学研究もほとんど行われていません。しかし,実際には自殺企図患者の中には基盤にPDDを持つものの診断されずにきた人たちが数多く存在していると考えられます。
 自殺企図で受診する患者の中にはPDDによる対人相互性の問題,社会性の問題,想像力の問題,そして柔軟性の欠如や衝動性の制御の困難さなどの様々な理由により不適応を起こし,うつ状態を呈したりパニック発作や不眠などの精神症状を呈し既に内服治療を受けている患者が少なからず存在します。そしてその患者のほとんどがPDDについて診断されていないのが現状です。実際には成人してから不適応を起こしたPDD患者の全例で母親を呼び生育歴を聴取することは現実的ではなく,PDDであろうとなかろうと処方内容に大きな変わりはないことも事実だと思います。またPDDの概念が普及したため,あまりにも広範囲にPDDを捉えるようになっていることも否定できません。しかしPDDの診断が広範であるからこそ,それぞれが抱えている問題もさまざまであり,個々の特性を理解しそれに応じたアプローチをすることで自殺再企図防止につながる可能性があると思います。

彼らへの援助を考える際には合併する精神障害に対する治療だけではなく,PDDの疾患特性を理解したうえで本人,特に家族へのアプローチを含め個々の特性に応じた包括的な介入が必要です。今後は成人のPDD患者の自殺企図の臨床的特徴をさらに明確にし,その上で自殺再企図防止のための介入研究を行う必要があると思われます。


<コメント>
PDDの患者さんは、その程度が軽いほど学童期や青年期に問題になることがなく、仕事をするようになってからはじめてコミュニケーションに関わる困難が生じることがあります。それはやはり多くの仕事はサービス対象としての顧客が存在しており、顧客から見た場合にコミュニケーションの質的な障害が存在すると、ちょっとしたずれがビジネス上では大きなトラブルにつながる可能性があるからだと思っています。
言い方ひとつとっても、友達や同僚なら許してくれても、お客さんはそれを違和感があると感じるかもしれません。お金をもらってその対価としてサービスを提供する場合、そしてそれが対面で発生するサービスの場合はよりその現場の空気感を含めて金額に見合った価値を提供する必要があります。そのような仕事についた場合、PDDの対人相互性の障害の程度が少なかったとしてもうまくいかない場合があるということを、私は自分の臨床経験上でよく感じています。日本はちょっとした空気感のずれがビジネス上で問題になりやすい社会構造になっていると思います。
主訴が抑うつ気分のようなうつ症状であったとしてもPDD特性がその根底にある場合、PDDが診断できなければ本質的問題にたどりつくことができません。PDD診断は簡易な生育歴の聞き取り、スクリーニング、心理検査を組み合わせることである程度あたりをつけることができると思います。PDDかもしれないなと、鑑別疾患に入れることができるだけでもその後の治療での対応は異なってくるはずです。PDDやADHDという疾患はDSM診断の中に含まれており、その部分が診断できなければ、PDDやADHDを異なる疾患にむりやり入れることになりかねません。児童精神科特有の疾患とはとらえずDSMに含まれる疾患をすべて鑑別対象にいれることができるようになっていってほしいと思います。

記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
     専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)