アットドクター

児童精神科医・精神科医・臨床心理士・管理栄養士が
心の悩みに答えるQ&Aサイト

  • 医師・臨床心理士・管理栄養士一覧
  • お問い合わせ
  • よくあるご質問

臨床情報「広汎性発達障害に合併する注意欠如多動性障害の症状に対するatomoxetineの有効性と安全性について」

今回は、「広汎性発達障害に合併する注意欠如多動性障害の症状に対するatomoxetineの有効性と安全性について」です。


私の論文より一部抜粋しています。

広汎性発達障害(pervasive developmental disorders;PDD)は発達のいくつかの面における重症で広範な障害として特徴づけられ,Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision(DSM-IV-TR)では自閉性障害(Autistic disorder: AD),レット障害,小児期崩壊性障害,アスペルガー障害(Asperger’s disorder: AS),特定不能の広汎性発達障害(pervasive developmental disorder not otherwise specified: PDDNOS)に分けられている。PDDとは,①相互性対人関係の質的な問題,②コミュニケーションの質的な問題,③行動・興味の限定的,反復的で常同的な様式,の3つの領域に障害があることで特徴づけられる疾患である。そして,PDDは周辺症状として多動,不注意,衝動性といった注意欠如・多動性障害(attention-deficit/hyperactivity disorder;ADHD)の症状を合併することが多い1,2)。DSM-IV-TRのADHDの診断基準ではE項目にあるようにPDDを除外する必要があり,PDDとADHDの併存は認めていないが,実際の臨床上ではPDDにADHD症状が合併している症例は多い。FrazierらはPDDの83%にADHD症状を認めたと報告しており,本邦ではPDDの67.9%がADHDの診断基準を満たしたと報告されている。これらのADHD症状は学校や家庭での適応を困難にする一つの原因となっていることがある。
PDDの中核症状に対する薬物療法の有効性は証明されていないが,学校や家庭での適応を低下させる可能性のある合併するADHD症状に対しては海外でmetylphenidate(MPD)やatomoxetine(ATX)の有効性が報告されている。しかし本邦においては,metylphenidateに関しては多動性障害および多動性を有するPDDに対する有効性の報告があるのみであり,ATXに関してはPDDに合併するADHD症状に対する有効性は報告されていない。
ADHDに対する薬物療法として,本邦では2007年にMPDの徐放錠,2009年にATXが承認されたが,ATXは中枢神経刺激薬とは薬理作用が異なることから非中枢神経刺激薬と呼ばれており,薬物依存の危険が低いと報告されている薬剤である。また,ATXは選択的にノルアドレナリンの再取り込みを阻害し,海外では子どものADHDにおいてオープン試験や無作為化比較対照試験でADHD症状,QOL,社会機能の改善を認めている10,11)。また,本邦においても子どものADHDを対象にATXの無作為化比較対照試験が行われており有効性と安全性が報告されている。

我々は,PDDに合併したADHD症状に対してATWを投与した患者を対象として後方視的な調査を行い,その有効性と安全性について検討した。
PDDに合併するADHD症状に対するATXの有効性は海外でオープン試験やプラセボ対照試験において報告されている。Poseyらは8週間のオープン試験においてADHD症状を合併する6-14歳のPDD(AD 7名,AS 7名,PDDNOS 2名)の患者16名を対象としてATX(平均投与量 1.2±0.3 mg/kg/日)の投与を行い,12名(75%)の患者がCGI-Iが1あるいは2であり,Aberrant Behavior Checklist(ABC)のすべてのsubscaleが有意に改善していた。同様にTroostらは10週間のオープン試験において5-15歳のPDD(AD 6名,AS 1名,PDDNOS 5名)に対してATX(平均投与量 1.19±0.41 mg/kg/日)の投与を行い,ADHD-RSの有意な改善を認めている。Arnoldらはプラセボ対照クロスオーバー試験において,5-15歳の16名のADHD症状を合併した自閉症スペクトラム障害(自閉性障害7名,AS 1名,PDDNOS 8 名)の患者を対象として6週間,ATXとプラセボを投与し有効性を報告している。その結果,ABCのhyperactivity subscaleにおいてプラセボ群と比較してATX群で有意に改善していた3)。6名の患者(37.5%)の患者はCGI-Iが1あるいは2であった。平均最大投与量は44.2±21.9mg/日(20-100mg)であった。本研究においては,6-15歳のADHD症状を合併した19名のPDD(AD 1名,AS 6名,PDDNOS 12名)に対してATXの投与を行っており,13名(68.4%)がADHD RS-IV日本語版スコア改善率が25%以上かつCGI-Iが1あるいは2であった。そして,不注意サブスケール、多動/衝動性サブスケール共に有意に改善した。ATXの平均治療期間は22週であった。本研究の結果から,本邦においても海外での臨床試験の結果と同様にPDDに合併するADHD症状に対してATXは効果的であると考えられる。そしてATXの投与量に関しては,本研究では平均投与量は27.1±10.7mg/日(0.95±0.28mg/kg/日),最大投与量は34.6±16.5mg/日(1.23±0.45mg/kg/日)であった。海外での臨床試験におけるPDDに合併するADHD症状に対するATXの投与量と比較するとやや少なかった。また,本邦で実施された小児期ADHDを対象としたATXの臨床試験では,平均投与量は1.21±0.37mg/kg/日であった14)。PDDに合併するADHD症状に有効なATXの容量は,ADHD単独の場合とほぼ同等の容量で有効性を認める可能性がある。
副作用に関して,本研究では重篤な副作用は認めず,副作用による中止は1名のみであった。本邦でのADHDを対象とした臨床試験では,投与開始から6カ月までの副作用は,頭痛(15.8%),食欲減退(14.1%),傾眠(12.0%),悪心(7.1%)などであり,本研究での副作用は国内臨床試験の結果と比較すると全体的に高い傾向にあった。特に易刺激性に関しては10.5%に出現し,1名は易刺激性が内服中止となった原因の一つとなっており,また易刺激性に対して1名はsodium valproate 400mg/日を併用していた。易刺激性に関してはPoseyらの報告では軽度易刺激性を6.38%,中等度易刺激性を3.19%に認め,Troostらの報告では易刺激性を75%に認めている。またArmoldらの報告では,気分変調あるいは易刺激性を88%に認めたと報告している。PDDは行動上の障害として興奮性があり,他者への攻撃性,自傷行為,癇癪,気分易変性などの症状として出現する場合がある。PDDに対してATXを使用した場合の易刺激性の副作用に関しては,これらのPDD自体の症状が原因となっている可能性も考えられる。PDDに合併するADHD症状に対してATXを投与する場合には,ADHD単独の場合とは副作用出現が異なる可能性があることを考慮し,特に易刺激性の出現に注意しながらATXを慎重に増量する必要があると考えられる。
体重に関しては,本研究では6名(31.6%)の患者がベースラインから3.5%以上の体重減少を認めている。本試験でのATXの平均治療期間は22週である。本邦での8週間の短期投与試験では最終評価時にベースラインから3.5%以上の体重減少が認められた患者は,ATX 0.5mg群(6.5%),ATX 1.2mg群(26.7%),ATX 1.8mg群(32.8%)であった。国内での長期投与試験では体重は42カ月後にベースライン値への回復が認められている15)。Poseyらの報告では,ADHD症状を合併したPDDに対するATXの8週間のオープン試験において体重はベースラインから平均0.8kg有意に減少していた。PDDに合併するADHD症状に対してATXを投与した場合,短期間では体重減少すると考えられるが,長期投与に関しては報告が認められないため今後検討する必要がある。


まとめ
本研究はATXの投与を行った児童・思春期のADHD症状を合併したPDD患者を対象として後方視的に解析を行い,ATXの安全性と有効性を検討した本邦における最初の報告である。もちろんPDDに合併したADHD症状に対しては薬物療法だけでなく,学校や家庭での環境調節,保護者へのペアレント・トレーニングや本人へ行動療法などの包括的なアプローチが必要である。しかしPDDに合併するADHD症状に対してADHDに対して有効性が証明されている心理社会的アプローチがどの程度有効であるかはまだ分かっていない。環境調節や心理社会的アプローチでも改善しないPDDに合併するADHD症状に対しては薬物療法も重要な治療選択肢の一つであると考えられる。


<コメント>
論文でも記載しましたが、ADHD単独疾患に対しATXを使用する場合と、ADHD+PDDに対してATXを使用する場合には効果、副作用について違いがある可能性は高いと思います。それはATXに限らず、コンサータ、インチュニブなど他のADHD薬の場合も同様であると臨床経験から感じています。最も臨床上で困るのは、いらいらや落ち着きのなさなどの、多動、衝動性に対してADHD薬を使用した場合に、ADHD+PDDの場合、逆に症状がひどくなるケースが少なからず認められることです。その場合は無理に継続しようとせずADHD薬は中止とした方が無難です。もし再度薬物療法にチャレンジする場合は、PDDの易刺激性に対しては日本ではリスペリドン(リスパダール)、アリピプラゾール(エビリファイ)が保険適応となっていますので、それらを少量から開始するのがいいでしょう。

これらの問題はDSM-ⅣではADHDとPDDの合併は認められていなかったですが、DSM-ⅤになりADHDとPDDの併存診断が可能となったことに起因して増えてきています。ADHD、PDDの併存に限らず、複数の疾患が合併する場合、それぞれに対する標準治療が通常とは同じような効果、副作用を呈しない場合は多いと思いますので注意が必要です。


記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
     専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)