臨床情報「一酸化炭素中毒による自殺企図の臨床的特徴について」
今回は、「一酸化炭素中毒による自殺企図の臨床的特徴について」です。
私の論文から抜粋しています。
警察庁発表による自殺の概要資料によると,自殺者数は平成10年以降12年連続して3万人を超えている。平成21年度における自殺者の総数は32,845名で,前年に比べて596名(1.8%)増加している。日本の自殺率は諸外国と比較しても高く第6位であり,さらに先進国の中では自殺率が最も高く大きな社会問題となっている。
年齢別自殺者数でみると,最も多い年代は50 ~59歳(6,491名)であり,次いで60~69歳(5,958名),40~49歳(5,261名)となっており中高年の自殺が多い状態が続いている。その中高年の死因の中で,自殺は40~49歳では第2位,50~54歳では第3位と高く,特に男性では女性よりも自殺による死亡数が多い。そして,自殺の原因・動機としては,1位:健康問題,2位:経済・生活問題,3位:家庭問題となっている。また平成22年における手段別の自殺の状況について,総数では男女ともに縊頚が最も多く,半数を超えており男女共に増加傾向となっている。男性では縊頚が14,241名(63.9%)で最も多く,2番目に多いのが練炭等であり2,849名(12.8%)である。女性では縊頚が5,284名(56.2%)で最も多く,次いで飛び降りが1,222名(13.0%)となっている。男性で2番目に多い練炭等による自殺は,特に30代,40代で多く20%前後となっている。以前は自動車の排気ガスによるガス自殺も多かったが,最近では自動車の排ガス規制により排ガスに含まれる一酸化炭素濃度が減少したため死亡率が低下したと考えられる。また最近では,インターネットで知り合った自殺願望者が複数で集まり,密室で練炭を使用し集団自殺を行う事件も発生している。これまでの海外での報告では一酸化炭素(carbon monoxide: CO)中毒の自殺の特徴として,男性,中年,未婚,離婚,精神科既往歴,などが自殺のリスク因子であると報告されている。しかし,本邦におけるCO中毒による自殺企図患者の特徴やリスク因子の報告はほとんどない。
さて,東海大学医学部付属病院高度救命救急センターでは,自殺企図で入院となった全例に対して精神科に依頼がある。現在までに自殺企図患者に対する疫学研究や介入研究を行い,自殺企図患者の特徴やリスク因子の抽出,新しい治療法の試みなどを通じて再企図防止のためのアプローチを行っている。
我々は自殺企図で救命救急センターに入院となった患者を対象として,CO中毒による自殺企図患者の臨床的な特徴について後方視的に調査を行った。
救命救急センターに入院となった自殺企図患者をCO中毒群とその他の群に分けて解析を行い,CO中毒による自殺企図患者の臨床的特徴について調査を行った。
本研究においては,184名の自殺企図患者の中でCO中毒による自殺企図患者は6名(3.3%)であった。自殺既遂の中で練炭等による死亡の割合はは男性で12.6%,女性で6.1%であり,本研究の結果から自殺企図患者においてもCO中毒の割合は低くないと考えられる。しかし本研究は,自殺企図後に当院救命救急センターに搬送となり入院となった症例のみを対象としているため,実際には入院とならず帰宅となった自殺企図症例の中にもCO中毒による自殺企図患者が含まれている可能性がある。
本邦における自殺既遂の中でCO中毒による死亡は男性に多く,また海外においても男性はCO中毒による自殺のリスク因子であると報告されている。本研究においては自殺企図患者の中でCO中毒群は男性が5名(83.3%)であり,その他の群(28.7%)と比較すると男性の割合は有意に高かった。また,ロジスティック解析においても男性は有意に関連していた。この結果から,男性がCO中毒による自殺企図のリスク因子となる可能性が考えられる。また,同居者なしはCO中毒群において有意に高く,ロジスティック解析でも有意に関連していた。この結果から,同居者なしもCO中毒による自殺企図のリスク因子である可能性がある。
未婚あるいは離婚はCO 中毒群では66.7%であり,その他の群よりは高い傾向にあったが有意差は認められなかった。海外の報告では未婚,離婚はCO中毒による自殺既遂のリスク因子であると報告されており,今後はサンプルサイズを増やした上で有意差がでるか再検討する必要がある。
年齢に関しては,CO中毒による自殺既遂においては30代,40代が多かったが,本研究における自殺企図群においても年齢は41.8±11.6であり自殺既遂と同様に中高年に多かった。フルタイム職についている患者の割合はCO中毒群で有意に高く,また精神科既往なしはCO中毒群において有意に高かった。過去の自殺企図回数に関してもCO中毒群で有意に多かった。これらのことから,CO中毒による自殺企図患者は中高年の男性で精神科既往や自殺企図歴もなくフルタイム職で働いている人が多く,また同居者もいないことが多い。会社には自殺企図直前まで普段どおりに働いており,家族やかかりつけ医もいないことが多いため初回の自殺企図を予測しづらく,事前に防止しにくい可能性があると思われる。
次に精神疾患の合併について,CO中毒群では5名(83.3%)に気分障害を合併しており,その他の群(29.8%)と比較して有意に高い合併率であった。また,ロジスティック解析を行ったところ,気分障害が有意に関連していた。本研究の結果からはCO中毒群においては気分障害の合併が自殺企図の強いリスク因子である可能性があると考えられる。つまり,自殺企図時に合併している気分障害を治療すれば,再企図防止につながる可能性がある。
本研究における身体的重症群はCO中毒群で66.7%,その他の群で28.1%であり有意差は認めないもの高い傾向にあった(p=0.062)。また,ICU入院期間,全入院期間共にCO中毒群において長く,ICU入院期間に関しては有意差を認めた。当院での入院治療終了後に身体治療継続のために転院となるケースはCO中毒群で多い傾向にあった。これらの結果からCO中毒による自殺企図は重症度が高く,また挿管による人工呼吸器管理や高圧酸素療法などの治療のためにICU入院期間が長くなると考えられる。またCO中毒による後遺症や遅発性脳症が起こることもあり入院が長期化したり他院へ転院し身体治療を継続するケースが多くなると考えられる。さらに,SISに関してはCO中毒群で有意に高く,SISは複数の前向きコホート研究で自殺既遂の予測因子としての有用性が確認されており,CO中毒による自殺企図後の患者は今後自殺既遂のリスクが高い可能性がある。このようなことから,CO中毒による自殺企図後の患者の場合には自殺再企図防止を目的としたその後の精神科での治療が非常に重要であり,かつ慎重に行う必要がある。具体的には,上述したようにCO中毒群の場合には自殺企図時に気分障害の合併が多いため,精神医学的診断を適切に行い,合併する精神疾患を治療することで再企図を防止することができるかもしれない。また,再企図のリスクが高いことを認識して治療を進める必要があり,家族が協力できる場合にはそのことを説明し本人のサポートを強化していく必要がある。そして精神症状が持続する場合には精神科病院での入院治療も早い段階で考慮する必要がある。一方,CO中毒群では同居者がいない場合が多く,サポートする家族がいない場合には精神症状が改善するまで精神科病院での入院治療を継続し,その後の外来でもソーシャルワークにつなげ,休職している場合には復職支援プログラムなどの社会資源を利用した多面的なアプローチが必要である。社会的に孤立させないようにする必要があり,医療機関だけでなく,職場の産業医,精神保健福祉センター,自助グループ,などとの連携が必要である。
また,本研究におけるCO中毒群の自殺企図の心理・社会的要因の特徴として,その他の群と比較して職場問題が有意に多かった。CO中毒群の自殺再企図防止のためには精神症状のみではなく,職場での問題の存在にも注意することが必要であると考えられる。職場問題は具体的には,昇格してから責任が増えた,仕事で大きな失敗をした,上司や部下とうまくいかない,などの訴えであった。職場での問題の場合,会社の産業医や,職場関係者と連携をしながら本人をサポートしていく。CO中毒による自殺企図患者の自殺再企図の防止のためにはこのような特徴をふまえた上で本人のみではなく職場へのアプローチをする必要があると思われる。なお,本研究における心理・社会的問題要因の把握に関しては,何らかの客観的評価尺度を用いたわけではなく推測の域を出ない事は限界の一つである。
まとめ
救命救急センターに入院となったCO中毒による自殺企図患者の特徴について調査を行った。CO中毒群は自殺企図時には気分障害の合併が多く,自殺企図の理由としては職場問題が多かった。ロジスティック解析で気分障害,男性,同居者なしはCO中毒群において有意差を認めており,自殺企図のリスク因子であると考えられる。また,その他の群と比較すると入院時の身体的重症度は高い傾向にありICU入院期間は有意に長かった。このようにCO中毒による自殺企図は身体的に重症となる可能性があるため慎重に自殺再企図を防止する必要がある。またSISが有意に高く,CO中毒による自殺企図患者はその後の自殺既遂のリスクが高い集団であると考えられる。このことから,CO中毒による自殺企図患者のその後の精神科治療では自殺再企図への注意が必要であり,そして合併する気分障害を治療することで自殺の再企図を防止することができるかもしれない。さらに,合併する精神障害に対する治療だけでなく,心理・社会的要因を考慮したうえで本人,職場,家族へのアプローチ,産業医や地域など多施設との連携を含めた包括的な介入が必要である。今後はCO中毒による自殺企図患者の臨床的特徴をさらに明確にし,そのうえで自殺再企図防止のための介入研究を行う必要がある。
記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)