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今回は、「“育ち”から見た成人期の発達障害」、についてです。

 診断と治療に必要なことは見立てであり,現在の問題点から疾患を予測し仮説を立てていく必要があります。仮説を検証する作業が生育歴をたどることであり,見立てを立てた上でその後の経過を見ていくことになります。仮説を検証する過程で,生育歴や治療経過が見立てからずれた場合には,もう一度両者を振り返り,診断が正確であるのか,生育歴が適確に聴取できているのか,他に影響を与えている因子がないのか,などを再検討して見立てを修正していく必要があります。見立てをし,仮説を検証するためには成人期の発達障害の「育ち」の特徴を知ることが重要です。そこで成人期の発達障害の「育ち」の特徴について,本人,家族(特に母親)の2つの視点から考えてみたいと思います。

1.本人の「育ち」の特徴
 まず,本人の「育ち」について考えてみたい。PDDと診断した場合、それが成人であれ、乳児期より発達の問題を抱えてきており、定型発達児とは異なった育ち方をしてきたことが予想される。本人の抱える困難さはPDDの中核症状である対人相互性の障害のために生じることが多く,年齢が大きくなりコミュニケーションがより複雑になってくるにつれて対人関係でのトラブルが目立ってくる。それは周囲がコミュニケーションでの少しのずれに対して敏感に反応するようになるからである。しかし,かんしゃくがなく,集団での指示が入り易い受動的な患者であれば,学生の間は「頑固で少し変わっているが,悪いやつじゃない」と理解され何とか過ごしていくことができることが多い。それでも対人相互性の障害のために状況理解が悪く,感覚的に場の雰囲気や他者の感情を理解することが困難なために対人関係での失敗を繰り返すことが多くなる。そのため,本人は失敗体験の一つひとつをパターン化し記憶することで状況に対応し大きなトラブルを回避していることもある。しかし成人になり仕事を始めるようになると,コミュニケーションの複雑化,変化しやすい環境,失敗に対する責任の重さ,などさまざまな問題が出現するようになる。もちろん,失敗のパターンには過去からの連続性があり現在の問題点へとつながっていることは言うまでもない。失敗体験が増えることにより自己評価が低下しさまざまな症状が出現し精神科受診となることが多い。さらに,PDDの疾患特性を両親が理解できないために適切に本人をサポートできず,社会的支持者を得られないことでより大きな問題へと発展してしまう場合もある。
 一方,ADHDの場合も同様であり,多動,不注意,衝動性の症状のために幼少期から失敗体験を繰り返すことで自己評価が低下していることが多い。成人期になるまで問題とならないケースとしては,多動,衝動性が目立たない不注意優勢型が多い。彼らは,「おっちょこちょいでおっとりしている子」として周囲から評価されており,学生時代にはトラブルが目立たない。しかし,成人になり就職すると不注意症状のために,優先順位がつけられない,並列作業がこなせない,スケジュール管理が苦手である,などの点で仕事において問題が顕在化して受診に至る。

2.親からみた「育ち」の特徴
 次に,親,特に母親からみた「育ち」について考えてみたい。発達上の問題点を抱えながらPDDと診断されずに育ってきた場合、そこでは両親との間にさまざまな葛藤が生じてきたことが予想される。ただし,PDDの患者の場合,対人相互性やコミュニケーション能力に障害のある患者と、そのようなPDDの臨床的特徴に対して理解不十分な親との間の葛藤である。具体的には,患者の持つPDDの特性のために幼少期から極めて育てにくいことが特徴である。さらにその特性による困難さが母親のしつけや教育の方法の問題としてとらえられた結果,母親が祖父母や学校の教師から責められることが少なくない。生育歴上でのPDD児と母親との関係は特徴的であり,人見知りや後追いが少なく愛着の形成に困難を伴うことがある。また,一人遊びが多く第一次反抗期や分離不安が少なくその部分では手がかからないが,一方でこだわりやかんしゃくの強さや場面切りかえの苦手さがあり定型発達の子どもと比べると異なる困難さがある。「自分の子どもなのに考えていることが分からない」という不甲斐なさを感じ続けていたり,また「自分の育て方のせいだ」と考え,自分を責めがんばり過ぎている母親も多い。その場合には母親自身の自己評価が下がっていることが多く,受診時に母親の今までの努力が大変だったこと,受診するのにも覚悟が必要だったこと,などを話し母親を労うことから面接を開始する必要がある。そのことで母親の肩の荷がおり結果的に母親が安定することで,本人への関わりが変化し症状が落ち着く場合も臨床の現場ではよく経験することである。
一方、ADHDでも上記と類似した状況が考えられようが,ADHDは対人相互性の問題が少なく,固執もPDDとは異なるため,親子の葛藤がより定型発達者に近くなる。しかし,ADHD児に認められる多動,不注意,衝動性のために育てにくさが幼少期よりあり,PDDの場合と同様に母親のしつけや教育の問題ととらえられることが多く,その場合には母親に対し支持的にアプローチしていく必要がある。またADHD児の場合,多動,不注意,衝動性のために子どもを幼少期から怒ることが多くなり,怒ることに慣れている母親もいる。子どもは褒めて評価されることが少なくなると自己評価が下がり,そのことでさらに症状が増悪することがある。その場合には,子ども自身も症状に苦しんでいること,怒られ続けることで自己評価が下がっていることを母親が理解することで,子どもの努力を適切に評価し,上手に褒めることで問題行動を修正していくことができる。また,子どもの生育歴を振り返る作業の中で,母親が今までの子どもの失敗体験の原因や連続性について理解することができることによって,初めて母親が本人に対して支持的に接することができるようになる。
以上を要約すると,成人期のPDD,ADHDの場合、本人自身が発達上の問題を抱えているということと,それを前提とした親子の葛藤の存在が,PDDやADHDの「育ち」の特徴であると考えられる。思春期以降の例の場合、その葛藤の歴史が長く、そこに学校や親以外の対人関係の問題が深く関わり、問題がより複雑になりやすい。また、親との間の葛藤も、同じようにPDDやADHDを持つ親との葛藤が中心になる場合、問題はさらに複雑となる。


つまり本人の視点からみた発達障害、家族の視点からみた発達障害は、疾患としては同じでも見る視点が変われば問題点は変わってきます。

特に広汎性発達障害の場合には対人相互性の障害があるために、本人の語る生育歴と、家族が語る生育歴が異なってしまう場合があります。

例えば境界性パーソナリティ障害(BPD)と診断されているPtがいたとします。本人から語られる生育歴は、母親の気分に合わせて自分を変えてきた、ほめられることがなく我慢することが多かった、周りの顔色をみて自分の態度を変えていた、などBPDの特徴である不認証環境があるように思えます。しかし母親からきく生育歴は、人見知り、後追い、一次反抗期などなく小さいときは手がかからなかった、何を考えているかわからない、頑固でこだわりが強い、自分なりに色々と頑張ったが愛情が届いていないような気がしていた、となっていたとしましょう。これらの生育歴はかなり異なるものとなります。
本人に対人相互性の障害がある場合、愛着の形成がむつかしいことがあり、母親が情緒的な人であっても、本人からみると愛されていなかったと感じてしまうことがあります。すると、本人側からみると不認証環境があったように見えてしまい、ここでBPD単独疾患であるとしてしまうと、その後の治療は迷走することになるでしょう。
PDD+BPDはPDDという疾患概念がないとなかなか見つけてあげることができません。

そういう意味では本人、親からみた発達障害の育ちについての考察を日ごろからよく行っておけば、2つの視点から見たときになんらかのずれが生じた場合には、逆にそこに何らかの意味があり、治療の糸口となる可能性があることを覚えておいてください。

記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
     専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)