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臨床情報「“ひきこもり”についての考察」

今回は、「ひきこもりについて」です。

近年,さまざまな原因で社会から撤退してひきこもる若者たちが増えてきています。ひきこもり」は統合失調症,気分障害,不安障害,広汎性発達障害,パーソナリティ障害,精神遅滞,などの多様な精神医学的背景によって生じる状態像であり、診断名ではありません。現在「ひきこもり」概念の精神医学的な位置づけは定まっていない状態です。このことが本人や家族への支援・治療を進展させるうえで一つの障害となっていると思われます。ひきこもりケースの中には適切な精神医学的診断や,その後の精神科治療により改善する場合もあるため、「ひきこもり」の概念の整理と治療的アプローチについて考えてみます。


1.本邦における「ひきこもり」をめぐる議論
本邦では類似した状態像として,スチューデントアパシー(Walters, 1961),退却神経症(笠原, 1973) や重症型対人恐怖症が報告されてきています。そして1980年代になりDSM-Ⅲで社会恐怖,回避性人格障害,小児期または青年期の回避性障害といった診断分類が導入された。また,90年代に入って社会的ひきこもり(齋藤, 1998) に関心が集まるようになってきました。

2.「ひきこもり」の診断
本邦では社交不安障害に類似し,同様の社会的状況に関連した精神病理性について対人恐怖症の疾患概念の中で論じられてきました。対人恐怖症は1920年代に森田により提唱され,病態発生を神経質理論で説明しました。1960-1970年代は,より重症の対人恐怖に関する精神病理学研究が行われ,笠原により「重症対人恐怖」が報告されています。また,笠原らによって対人恐怖症の診断基準が作成されています(表1)。
 「回避・引きこもりを特徴とする対人恐怖症」の人格特徴は中村らにより報告されています(表2)。

3.ひきこもりの原因
 斎藤らは,引きこもりの評価・支援に関するガイドラインにおいて,ひきこもりの支援には背景にある精神障害に対する治療だけではなく,地域連携ネットワークによる支援が必要であると報告しています。具体的には,教育機関,保健機関,児童福祉機関,福祉機関,医療機関,NPO団体などの複数の専門機関による多面的なアプローチが重要です。それは,ひきこもり支援を行う時に,ある一つの期間だけではその支援が完結しないことがたびたびあるからであり,我々が受け持つケースでも医療機関による精神障害の治療だけでなく,様々な社会資源を利用しつつ当事者の社会復帰と家族の立ち直りを目指した支援を行う必要があることが多いです。そしてその方がひきこもりという状態から脱する可能性が高くなると思います。


まとめ
ひきこもりは統合失調症,気分障害,不安障害,広汎性発達障害,パーソナリティ障害,精神遅滞などの多様な精神医学的背景によって生じる状態像です。ひきこもりケースの中には精神科治療や,的確な診断を必要とする場合が少なからずあります。 例えば長期間のひきこもりのケースでも薬物療法が奏功し,ひきこもりが改善する場合もあります。また,患者本人から生育歴を振り返り,ひきこもりに至った不適切な対人関係の形成過程を浮き彫りにしていくことも必要です。さらに,患者本人への治療だけでは不十分であり,ひきこもりを防ぐには家族の支持機能の強化は不可欠です。 また地域における複数の専門機関による多面的な支援が必要であると考えられます
 このようにひきこもりの治療には様々な要因を考慮に入れた包括的な介入が必要です。ひきこもりは多様な精神医学的背景を有する現象であり,その治療・援助方針について画一的に論じることは不適切であり,個々のひきこもりケースの精神病理学的背景に応じた支援・治療が必要であると考えられます。



表1 対人恐怖症診断基準
以下の4項目を満たすこと
1.自己の態度,行為,あるいは身体的特徴が,社会対人的状況において不適切に感じられる。
2.そのため社会的対人的状況で,恥,困惑,不安,恐怖,おびえ,緊張など,持続的な感情反応を呈し,苦痛を感じる。
3.1,2のために他者との良好な関係を維持できない(受け入れられない,軽蔑される,避けられる)と感じ,悩む。
4.苦痛を覚える社会的対人的状況を回避しようとする反面,回避することに対して抵抗がある。
付帯事項:妄想型(いわゆる重症対人恐怖,思春期妄想症)
上記診断を満たし,さらに以下の3項目に該当するものを妄想型対人恐怖症と特定せよ。
1.特定の身体部位あるいは身体感覚に結びついた,自己の身体に欠陥があるという確信(自己の視線,臭い,醜貌など)を持つ。
2.1のために他者に対して害を与えるか,不快感を与えると妄想的に確信している。
3.1のために他者がいつも自分を避けることを,妄想的に確信している。


表2 「回避・引きこもりを特徴とする対人恐怖症」の人格特徴
1.森田神経質に典型的な「我の強さ」をあまり感じさせない、受け身的・弱力的な性格
2.対人的な傷つきやすさ、不安定さが目立つが、境界例のような著しい行動化は見られない。
3.根底には対人希求性が存在する。
4.回避性人格傾向。
5.時間的展望の喪失、変化への恐れが潜在する(同一性拡散)。


記事作成:加藤 晃司(医療法人永朋会)
専門:児童精神科