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臨床情報「高齢者の自殺について」

今回は、「高齢者の自殺」について、私の論文より抜粋してご紹介します。


日本の高齢者の自殺率は諸外国と比較しても高く,ロシアに次いで第2位です。自殺の原因・動機としては,1位:健康問題,2位:経済・生活問題,3位:家庭問題となっています。自殺既遂の手段としては縊頚が最も多く,60歳以上の男性,70歳以上の女性では70%を超えています。多くの先進国と同じように本邦でも高齢化が進行してきており,高齢者の自殺の増加は大きな社会問題となってきています。そのため高齢者の自殺予防,自殺再企図防止は今後の重要な課題となっています。

我々の研究においては,184名の自殺企図患者の中で高齢者は22名(12.0%)であった。Suominenらの報告では7%であり,報告によりばらつきはあるが,自殺企図患者における高齢者の割合は低くないと考えられます。
次に精神疾患の合併について,高齢者群では15名(68.2%)に気分障害を合併しており,非高齢者群の43名(26.5%)と比較して有意に高い合併率でした。また,ロジスティック回帰分析を行ったところ,気分障害が有意に関連していました。これまでの研究では,気分障害の合併は高齢者における自殺企図のリスク因子であると報告されていますが,本研究の結果からも高齢者においては気分障害の合併が自殺企図の強いリスク因子であると考えられます。つまり,自殺企図時に合併している気分障害を治療すれば,再企図防止につながる可能性があると思われます。また高齢者群では入院以前には身体疾患の既往があるため一般科にはかかっていますが,精神科にはかかっておらず入院後に気分障害が診断される症例が多かったです。高齢者の自殺企図予防のためにはかかりつけ医での気分障害のスクリーニングを行い,早期発見,早期治療につなげていく必要があると考えられます。一方,認知症の合併は2名(9.1%)であり,非高齢者群とは比較できないものの少ない合併率でした。Harwoodらの報告では高齢者の自殺患者の中で認知症が合併していた割合は5.6%であり,重要なリスク因子ではないと示唆しています。本研究においては入院となった自殺企図患者を対象としており,身体的重症度が高い自殺企図行為を選択した患者が多いです。その中の高齢者患者においては自殺企図に至る経過の中でさまざまな葛藤が生じており,内的な葛藤が生じるには認知機能が低下していない必要があるのではないかと推測されます。

高齢者の自殺企図の臨床的特徴
高齢者群の自殺企図手段について,過量服薬(over dose: OD)は4名(18.2%)であり非高齢者群と比較すると有意にODが少なかった。高齢者群のその他の自殺企図手段としては,農薬(n=6, 27.3%), 刃物(n=4, 18.2%),一酸化酸素中毒(n=1,4.5%),熱傷(n=1,4.5%),縊頚(n=1, 4.5%),飛びおり(n=1,4.5%),などでした。高齢者群では身体的に重症となる可能性が高い農薬による自殺企図が有意に多く認めました。本研究における身体的重症度は高齢者群において有意に高く、またICU入院期間,全入院期間共に高齢者群において有意に長かったです。さらに,当院での入院治療終了後に身体治療継続のために転院となるケースが高齢者群では有意に多かった。高齢者群の自殺企図手段は非高齢者群と異なりOD以外の手段が多いために自殺企図時の身体合併症が多くなります。このために非高齢者群と比べて重症化しやすく,その結果当院での入院が長期化したり他院へ転院し身体治療を継続するケースが多くなると考えられます。高齢者の場合,入院の長期化にともない廃用症候群,認知機能低下,新たな身体疾患の合併などさまざまなリスクを伴うため注意が必要です。

このように高齢者の場合には自殺企図時の身体的重症度が高く自殺既遂につながる可能性が高いため,自殺再企図防止を目的としたその後の精神科での治療が非常に重要であり,かつ慎重に行う必要があります。具体的には,上述したように高齢者の場合には自殺企図時に気分障害の合併が多いため,精神医学的診断を適切に行い,合併する精神疾患を治療することで再企図を防止することができるかもしれません。また,再企図のリスクが高いことを認識して治療を進める必要があり,家族にもそのことを説明し本人のサポートを強化していく必要があります。そして精神症状が持続する場合には精神科病院での入院治療も早い段階で考慮する必要があります。一方,サポートする家族がいない場合には精神症状が改善するまで精神科病院での入院治療を継続し,その後の外来でもソーシャルワークにつなげ,訪問看護,グループホーム,施設入所,などの社会資源を利用した多面的なアプローチが必要です。その場合には医療機関だけでなく,地域の保健所,精神保健福祉センター,自助グループ,などとの連携が必要です。
また本研究における高齢者の自殺企図の心理・社会的要因の特徴として,健康問題12名(54.5%),家族問題5名(22.7%),職業問題2名(9.0%),経済問題2名(9.0%),対人問題1名(4.5%),不明1名(4.5%)であり,非高齢者群と比較して健康問題が有意に多かったです。高齢者の自殺再企図防止のためには精神症状のみではなく,同時に身体症状や身体疾患の存在にも注意することが必要であると考えられます。家族問題も二番目に多く,自殺企図の背景に配偶者との死別,精神疾患へ対する理解の低さ,家族内での対人関係のトラブル,などを認めました。家族との葛藤も自殺企図のきっかけとなっている症例があり,自殺再企図の防止のためにはこのような特徴をふまえた上で本人のみではなく家族へのアプローチをする必要があると思われます。

記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
     専門:児童精神科(日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)