アットドクター

児童精神科医・精神科医・臨床心理士・管理栄養士が
心の悩みに答えるQ&Aサイト

  • 医師・臨床心理士・管理栄養士一覧
  • お問い合わせ
  • よくあるご質問

臨床情報「統合失調症の自殺企図の臨床的特徴について」

今回は、「統合失調症の自殺企図の臨床的特徴」についてです。

私の論文より一部抜粋しています。

統合失調症は地域差なく生涯有病率は約1%であり,社会機能に大きな影響を与える精神疾患の一つである。統合失調症において自殺は主な死因の一つであり,生涯自殺死亡率は4-5%と報告されており,健常者との比較では10倍高いと推定されている。これまでの研究では統合失調症の自殺のリスク因子として,男性,過去の自殺企図歴,うつ症状、,物質依存,高い知的レベルや高学歴,などが報告されている。統合失調症は自殺のリスクの高い疾患であり,自殺予防,自殺再企図防止は精神科臨床において非常に重要であると考えられるが,本邦における統合失調症の自殺企図の特徴やリスクファクターの報告はほとんどない。
我々は,自殺企図で救命救急センターに入院となった184名(連続サンプル)の患者を対象として,統合失調症の自殺企図の臨床的な特徴について後方視的に調査を行った。

救命救急センターに入院となった自殺企図患者を統合失調症群と非統合失調症群に分けて解析を行い,統合失調症の自殺企図の臨床的特徴について調査を行った。
本研究においては,184名の自殺企図患者の中では25名(13.6%)であった。先行研究では自殺企図患者255名の中でICD-10で診断されたschizophrenia,schizotypal disorder,delusional disorderの患者は25名(10.6%)であった。本研究の結果からも自殺企図患者における統合失調症の割合は高いと考えられる。しかし本研究は自殺企図後に当院救命救急センターに搬送となり入院となった症例のみを対象としているため,実際には入院とならず帰宅となった自殺企図症例の中にも統合失調症が含まれている可能性がある。
統合失調症の自殺企図のリスクは男性で高いと報告されているが,本研究においては自殺企図患者の中で統合失調症群は男性が13名(52.0%)であり,非統合失調症群(28.9%)と比較すると男性の割合が有意に高かった。また,ロジスティック解析の結果でも男性は有意に関連していた。この結果から統合失調症においては男性が自殺企図のリスクファクターとなる可能性が考えられる。
 次に,統合失調症群で未婚,無職,精神科既往が有意に高かった。単身生活は28.0%であり有意差は認めないものの高い傾向にあった。海外での報告では,単身生活は自殺企図のリスク増加に関連しているが,未婚は関連を認めていない。今後サンプルサイズを増やした上で再検討する必要がある。
統合失調症群の自殺企図手段はODは14名(56.0%)であり,非統合失調症群と比較すると有意にODが少なかった。その他の手段の中には,飛び降り8名(32.0%),毒物3名(12.0%),腹刺し2名(8%),縊頚1名(4.0%)が含まれている。飛び降りは統合失調症群で高い傾向にあった。そして,本研究における身体的重症度は統合失調症群において有意差は認めないものの割合が高かった。また,ICU入院期間,全入院期間共に統合失調症群において有意に長かった。そして,身体治療終了後は転院となる症例が統合失調症群では有意に多かった。このことから,統合失調症群の自殺企図手段は非統合失調症群とは異なり,身体的に重症となりやすい行為を選択する傾向にある。そのために自殺企図時の身体重症度が高く入院が長期化することが多く,身体治療継続のために転院となるケースが多い。さらに,SISに関しては統合失調症群で有意に高く,SISは複数の前向きコホート研究で自殺既遂の予測因子としての有用性が確認されており,自殺企図歴のある統合失調症は今後自殺既遂のリスクが高い可能性がある。このように、統合失調症は自殺企図時の身体重症度が高く,自殺既遂リスクの指標であるSISも高いことから,自殺企図後の統合失調症患者の治療は再企図防止を目標にした介入が必要である。
 次に,本研究における統合失調症の自殺企図の心理・社会的要因の特徴として,健康問題5名(20.0%),家族問題5名(20.0%),対人問題3名(12.0%),職業問題2名(9.0%),経済問題2名(9.0%),恋愛問題1名(4.0%)であった。また,精神症状が自殺企図直前に出現していた患者は13名(52.0%)であり高い割合であった。いくつかの調査で,陽性症状が自殺や自殺企図のリスク因子であることが報告されている。本研究においても統合失調症の自殺企図は幻覚,妄想などの精神病症状がきっかけとなっていることが多く,今後の再企図防止のためには精神病症状の再燃に注意することが必要である。そのため精神症状が残存している場合には救命救急センターでの身体治療終了後に精神科病院での入院治療継続が必要である。また服薬コンプライアンスの悪さが精神症状につながっているケースも多く,自殺企図後にいままでの服薬状況を確認し,コンプライアンスが悪い場合には家族に管理してもらったり,場合によっては注射剤への変更も考慮する必要がある。副作用によりコンプライアンスが低下している場合には抗精神病薬を変更していく。このように自殺企図後の治療を適切に行い精神症状の再燃を防ぐことで,再企図防止につなげることができる可能性がある。そして家族問題も二番目に多く,自殺企図の背景に統合失調症へ対する理解の低さ,家族内での対人関係のトラブルなどを認めており,このことは家族の精神疾患既往の多さが影響している可能性がある。家族の支持機能の弱さが統合失調症の自殺企図の準備因子となっていることが考えられ,再企図の防止のためにはこのような特徴をふまえた上で本人のみではなく家族へのアプローチをする必要があると思われる。具体的には,患者の思いを家族に伝え,また家族の気持ちを患者に伝えることができるように,治療者が翻訳者となることで家族の機能を賦活化する必要がある。そして自殺の準備因子であった家族背景を変化させることで家族の本人への支持機能を強化し再企図防止につなげることができるかもしれない。また,経済的問題,職業問題などの社会的因子が自殺企図の原因となっていることも多く,統合失調症に対する医療的なアプローチのみでは自殺再企図には不十分であり,ケースワーカ‐など他業種との連携の上で社会的サポートが必要である。もちろん本研究における心理・社会的問題要因の把握に関しては何らかの客観的評価尺度を用いたわけではなく推測の域を出ない事は本研究の限界の一つである。

まとめ
 本研究の結果として,当院救命救急センターに入院となった自殺企図患者の20.0%%が統合失調症群であった。統合失調症群は男性が有意に多く,そして未婚,無職,精神科既往が有意に多く,社会機能が低下している患者層に多い可能性がある。そして自殺企図の理由としては精神病症状,健康問題,家族問題が多かった。家族の精神科既往も有意に多く,家族の支持機能の弱さが自殺企図の準備因子となっている可能性がある。ロジスティック解析で男性,精神既往,家族の精神科既往において有意差を認めており,これらは統合失調症の自殺企図のリスク因子である可能性がある。また,非統合失調症群と比較すると自殺企図手段ではOD以外の手段が多く,入院時の身体的重症度は高い傾向にありICU入院期間,全入院期間共に長かった。このように統合失調症の自殺企図は手段が異なり,身体的に重症となる可能性があるため慎重に自殺再企図を防止する必要がある。またSISが有意に高く,自殺企図歴のある統合失調症は自殺既遂のリスクが高い集団であると考えられる。このことから,自殺企図歴のある統合失調症のその後の治療には注意が必要であり,そして精神病症状をしっかりと治療し再燃させないことで自殺の再企図を防止することができるかもしれない。さらに,合併する精神病症状に対する治療だけでなく,統合失調症の心理・社会的要因を考慮したうえで本人,家族へアプローチ,社会的サポートを含めた包括的な介入が必要である。今後は統合失調症の自殺企図の臨床的特徴をさらに明確にし,その上で統合失調症の自殺再企図防止のための介入研究を行う必要がある。



<コメント>
私が大学病院勤務時代にやっていた臨床研究の論文から抜粋しました。当時は大学病院での多くの時間を救命救急センターリエゾンの臨床と研究に使っていました。病院は自殺企図後にしか搬送されてこないため、再企図防止をどうしたらできるのか、臨床的にどうしたら再発防止率があがるのか感触はありましたが、それを伝えるためには科学的な根拠が必要なため臨床研究を同時に行っていました。論文は根拠のあること以外は書けないため、ほんとに伝えたいことは書けないこともあるので、葛藤があったのを覚えています。
今回統合失調症をテーマにしましたが、どの疾患でも共通して言えることは、自殺企図とおいう手段を使って自分の意思を外側に出してきたときは、身体的にはもちろんよくないことですが、何かを変える最大の機会だと思っていました。例えば家族の問題が根底のあるのであれば、自殺企図で救急搬送され家族が一同にかいしているその画面は家族内力動を動かす最大のチャンスでもあると思っていました。

記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
     専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)