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臨床情報「ストラテラ(アトモキセチン)について」

今回は「ストラテラ(アトモキセチン)」についてです。

私の書いた依頼原稿より一部抜粋しています。


Ⅰ.はじめに
注意欠如・多動性障害(attention-deficit/hyperactivity disorder;ADHD)は頻度が高く,遺伝性の高い疾患であり,子どもの3-9%,そして成人では約2%に認められる疾患である。ADHD症状は幼児期早期から出現し,不注意,多動・衝動性の症状によって特徴づけられる。ADHD症状の一部は成人になっても持続して認められることが多く,これらの症状のために学業や職業などの社会機能に著しい障害をきたすことがある。また,幼児期早期から始まるADHD症状は慢性的に持続し,ADHDの中核症状と並んで情動不安定性が認められることが多く,パーソナリティ障害や気分障害などの精神疾患と誤診をする可能性がある。さらに,ADHDはアルコール依存や薬物依存,反社会的行動,不安,抑うつ,学習障害,などの精神疾患を合併するリスクが高い。
ADHDに対する薬物療法として,本邦では2007年にメチルフェニデートの徐放錠,2009年にアトモキセチンが承認されたが,アトモキセチンは中枢神経刺激薬とは薬理作用が異なることから非中枢神経刺激薬と呼ばれており,薬物依存の危険が低いと報告されている薬剤である。また,アトモキセチンは特異的にノルエピネフリンの再取り込みを阻害し,海外では子どものADHDにおいていくつものオープン試験や無作為化比較対照試験でADHDの症状,QOL,社会機能の改善を認めている。また,本邦においても子どものADHDを対象にアトモキセチンの無作為化比較対照試験が行われており有効性と安全性が報告されている。本稿ではアトモキセチンの使い方について,1.一般的な使用法と注意点,2.アトモキセチンの有効性と安全性について,3.使用経験から,の順に述べる。

Ⅱ.アトモキセチンを使いこなすには
1.一般的な使用法と注意点
 アトモキセチンはノルアドレナリントランスポーターを選択的に阻害し,シナプス間隙のノルアドレナリン濃度を上昇させる。さらに前頭前野ではドパミンの再取り込みを担うドパミントランスポーターの数が少なく,ノルアドレナリントランスポーターがノルアドレナリンとドパミンの再取り込みを行うという特徴的な神経制御が行われているため,アトモキセチンはシナプス間隙のノルアドレナリンとドパミンの濃度を上昇させ,ノルアドレナリン神経およびドパミン神経の情報伝達を活性化し,症状改善をもたらすと考えられている。アトモキセチンは米国において6歳以上の子どものADHDの治療薬として2002年にFood and Drug Administrationによって承認されており,その後本邦でも臨床試験が実施され,小児及び青少年におけるADHD に対する有効性・安全性が確認され,本邦において2009 年4 月に承認されている。アトモキセチンは本邦では,5mg,10mg,25mgのカプセルが製造されており,体重換算で1日の用量が決められ,初期開始用量としては0.5mg/kg/dayが推奨されている。薬剤はいずれの投与量においても1日2回に分けて経口投与する。そしてその効果と認容性を評価し,臨床的に必要であれば1日0.8 mg/kgとし,さらに1日1.2 mg/kgまで増量した後,1日1.2~1.8 mg/kgで維持治療を行う。症状により適宜増減するが,1日量は1.8 mg/kg又は120 mgのいずれか少ない量を超えないこととされている。
 国内臨床試験において,アトモキセチンを1日2回,1.8mg/kg/日で投与することにより,投与開始2週目からプラセボ群に比べて有意な症状改善が認められ,この効果は,投与開始後6~8週間で最大に達していた。また,アトモキセチンの平均Tmaxは1-2時間であり,半減期は平均5時間である。アトモキセチンは中枢神経刺激薬とは異なり,CYP2D6で代謝されるため,遺伝的に代謝が障害されている患者やCYP2D6阻害作用を有するparoxetineやfluoxetineのような薬剤を投与している患者においては,血中濃度が変動する可能性があり,定期的なバイタルチェックが推奨されている。この酵素活性が欠如している患者においては,2倍以上の高い血漿濃度やより長い平均半減期(24時間)が認められる可能性がある。また,アトモキセチンは中枢刺激薬とは異なり,依存形成が認められていない。さらに,アトモキセチンは用量を漸減せずに突然中止した場合の離脱症状の出現を認めなかったと報告されている。

2. アトモキセチンの有効性と安全性について
海外における最近の研究ではアトモキセチンと中枢神経刺激薬を直接比較した試験がいくくつか行われている。Kemnerらは1323人の子どもを対象にメチルフェニデート (n=850)とアトモキセチン(n=473)を3週間投与し有効性を比較している。どちらの治療群もADHD-RSの合計スコアはベースラインから比較すると著しい改善を認めたが,統計学的にはメチルフェニデートはアトモキセチンよりも有意に改善していた。また別の研究では,516人の子ども(6-16歳)を対象に,アトモキセチン(1.8mg/kg/dayまで)群,メチルフェニデート(54mg/dayまで)群,プラセボ群の3群に分けて6週間の比較対照試験を行った。その結果,メチルフェニデート投与群とアトモキセチン投与群は共にプラセボと比較して有意にADHD症状の改善を認め,さらにメチルフェニデートはアトモキセチンよりも有効性が高かった。メチルフェニデート群の対象患者は6週間の試験終了後にさらに各6週間,アトモキセチンとプラセボの投与を継続した。その結果,メチルフェニデートの投与に反応しなかった患者の43%は,その後のアトモキセチンの投与によりADHD症状の改善を認め,またメチルフェニデートの投与に反応した患者の42%はアトモキセチンの投与によりADHD症状の改善を認めた。
さて,最近の研究の結果ではアトモキセチンは症状の再発を防止する可能性があることを示している。ある研究では,12週間のアトモキセチンのオープン試験において有効性が認められた416人の子どもを対象に,その後アトモキセチン群(n=292),プラセボ群(n=124)に分けて34週間の比較試験を行った。そして,34週後に脱落しなかった163人の患者を対象にさらにアトモキセチン群(n=81)とプラセボ群(n=82)に無作為化を行い24週間の比較試験を行った。その結果,試験終了時にベースライン時の症状が90%以上残存していた患者はアトモキセチン群では28%であり,プラセボ群では48%であった。
最後に認容性と安全性について説明する。海外でのいくつかの無作為化比較試験において,プラセボ投与群と比較してアトモキセチン投与群(2回/日)において,共通の副作用を認めている14,15)。胃部不快感(10%),悪心(11%),易疲労感(8%),食欲減退(16%),腹痛(18%),傾眠(11%),易刺激性(6%)などを認めた。また国内臨床試験においては,安全性評価対象例278例中200例(71.9%)に副作用が報告され,主なものは頭痛(21.6%),食欲減退(15.5%),傾眠(14.0%),腹痛(11.2%),悪心(9.7%)であった。アトモキセチンに限らず,薬物療法を受けているADHDの子どもは高い頻度で食欲低下(アトモキセチン14%,メチルフェニデート17%)を認め,日常臨床では特に注意が必要である。また,2つの薬剤共にプラセボと比較して脈拍の増加を認めており,さらにアトモキセチンはメチルフェニデートと比較して脈拍の増加を有意に認めている。そのため,臨床医はアトモキセチンに限らずADHDの子どもに薬物療法を行う場合にはすべての患者に対してバイタルチェックを行う必要がある。

3.使用経験から
実際の使用経験からアトモキセチンの使い方について考えてみたい。外来診察でアトモキセチンを使用する場合には,まずは養育者(主に両親)と学校の担任の教師にADHD-RS-Ⅳ日本語版をチェックしてもらいベースラインでの点数を測定し,その後の治療効果判定の一つの材料として使用する。そして,初期投与量は1日0.5mg/kg/dayの用量とし,2回/日に分割して投与を開始する。その後の増量は1週間以上の間隔をあければ可能だが,実際の臨床場面ではアトモキセチンの効果発現には時間がかかることが多く,また臨床試験においても治療効果は初期開始量であっても最大になるまでに6週間から8週間かかっているため増量は慎重に行うべきであると考えられる。臨床場面では,緊急性がなく治療が待てる状態の子どもに対しては最低でも2週間は初期投与量のまま投与し,その後アトモキセチンの効果判定を行い効果不十分であれば0.8mg/kg/day,さらに1.2mg/kg/dayと漸増する。その場合も,増量は2~4週間程度の間隔をあけることが多く,慎重に行う。また,臨床的に経験することは初期投与開始量で効果不十分であっても,投与開始から2-3ヶ月後にADHD症状が改善するケースもあり,たとえ副作用等の影響で初期開始量しか投与できない場合でも,効果判定には十分な期間をもうける必要があると考えられる。
1日の効果持続時間について,アトモキセチンはメチルフェニデート徐放錠と比較すると臨床的な実感としても1日中効果が持続しており,また両親や学校の教師も同様に評価しているケースが多い。2剤を比較すると,メチルフェニデート徐放錠の場合には学校での評価は改善するが,夕方からの自宅での両親からの評価はあまり変化しないことがあるが,一方でアトモキセチンの場合には学校と自宅での評価が一致していることが多い。
最後に副作用について述べる。臨床試験の結果と同様に最も頻度が高いものは嘔気や胃部不快感などの消化器症状であるが,食欲低下に関しては臨床試験での結果ではメチルフェニデート徐放錠と頻度はあまり変わらないが,実際の臨床場面ではアトモキセチン投与での訴えは少なく,食欲低下を理由に中止,あるいは切り替えとなるケースは少ない。また,嘔気,胃部不快感に関しても投与初期に認めることが多いが,投与開始から2-4週間経過すると軽快している場合が多い。副作用が出現したことによる中止や切り替えは少ないが,アトモキセチンはメチルフェニデート徐放錠と比較すると効果発現が遅い理由での両親や学校の教師からの切り替えの要求がでることがある。実際に多動や衝動性が強い子どもは自宅や学校で問題行動や危険行動が出現していることが多く,その場合には早期の治療効果が求められるため,アトモキセチンは第一選択としては不適切である可能性がある。しかし長期的な投与を考えると,1日を通して効果が持続するアトモキセチンは子どもの社会機能を改善させ,家族の負担を減らす可能性が高い薬剤であると考える。

まとめ
ADHDが生活のさまざまな側面に不利な影響をあたえる疾患であるという認識は広がってきており,児童精神科医だけではなく一般精神科医も治療を行う機会は今後さらに増えてくると思われる。ADHDに対する薬物療法は,ADHDの中核症状を改善したり,他の合併する精神疾患を治療したりするのに重要な治療選択肢の一つである。
 ADHDを対象とした無作為化比較対照試験では,メチルフェニデート徐放錠,アトモキセチンがプラセボと比較して短期間でのADHD症状の有意な改善を示しており,また長期投与試験でも持続的な有効性と認容性を証明している。しかし,アトモキセチンは本邦では承認されて間もないため,まだ薬剤の有効性や用量の指標に関する情報が不足している状態である。また,現在本邦において成人ADHDに対するアトモキセチンの臨床試験が行われており,今後承認される可能性もある。今後は本邦におけるアトモキセチンの有効性を評価するさらなるエビデンスが必要であり,また年齢や用量による効果の違い,長期投与による有効性や認容性,特定のADHDサブグループへの有効性,などについても明確でないことが多く,今後はさらなる症例の検討の蓄積が必要である。



コメント
現在はコンサータ、ストラテラ、インチュニブの3剤が日本において小児ADHDに対し保険適応となっています。薬剤ごとに特徴が異なりますので、症状やその時の困っていることが起きている状況に合わせて薬剤選択をしていくのが良いのでしょう。
ADHD治療において薬剤は治療選択肢の一つにすぎません。心理療法や、治療教育、ペアレントトレーニングなども重要な治療となります。
しかしもっとも気を付けなくてはいけないことは、自己評価が下がってきていないか注意深くみてあげることです。ADHDに限りませんが、なんらかの発達上のばらつきを持っている子どもは本人が努力しているのに、それが成功体験につながらないことがしばしば起きます。それをほかっておけば、本人は「どうせやっても、やらなくても怒られるならやらなくてもいいかな」と思うようになります。自身のない子どもになってしまいます。
そうなる前に早く気が付いてあげることができれば、適切な治療や環境を獲得することで、やればできるという感覚を持たせてあげることができる可能性が高くなると思います。

記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
     専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)