アットドクター

児童精神科医・精神科医・臨床心理士・管理栄養士が
心の悩みに答えるQ&Aサイト

  • 医師・臨床心理士・管理栄養士一覧
  • お問い合わせ
  • よくあるご質問

臨床情報「震災と自殺について」

今回は、「震災と自殺について」です。

私の論文から一部抜粋しています。


2011年3月11日に東南東沖130kmの海底を震源として発生した東北地方太平洋沖地震は,本邦における観測史上最大の規模マグニチュード9.0を記録し最大震度は7で震源域は岩手県沖から茨城県沖までの南北約500km,東西約200kmの広範囲に及んだ。この地震により波高10以上,最大遡上高40.1mに上る大津波が発生し,東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害をもたらした。また大津波以外にも,液状化現象,地盤沈下,ダムの決壊などによって,東北と関東の広大な範囲で被害が発生しライフラインも寸断された。そして地震と津波による被害を受けた原子力発電所では全電源が消失し原子炉を冷却できなくなり,大量の放射性物質の漏洩をともなう重大な原子力事故に発展した。首都圏では計画停電,頻回の余震,ガソリンや生活物資の不足が続いた。また放射能による汚染,経済的不安等の問題もあり,被災地以外に住む人達にも多くの影響を与えた。
大きな震災が自殺や自殺企図に与える影響については現在までにいくつか報告がでている。Krugらはアメリカ合衆国において震災後の一年間の自殺率が62.9%(19.7/100,000から31.3/100,000)増加したと報告している。Nishioらは1995年の阪神淡路大震災後の自殺率を調査し,震災から2年間の神戸の自殺率は日本全体の自殺率と比較すると有意に減少していたと報告している。これらは被災地での自殺に関する報告であり,震災は被災地以外にも大きな影響を与えると考えられるが,震災が被災地以外の自殺や自殺企図に与える影響についての報告は認められない。

今回我々は救命救急センターに入院となった自殺企図患者を震災前(A群)と震災後(B群)の2群に分けて解析を行い,東日本大震災による神奈川県における自殺企図の頻度,臨床的特徴の変化について調査を行った。
本研究においては,震災前後で自殺企図患者は24名(32.9%)増加した。もちろん本研究は震災前後3カ月間の比較をしているため,季節性の影響が出ることは限界の一つである。しかし前年度の2010年度の4月から6月の自殺企図患者数は74名であり,前年度と比較しても震災後の自殺企図患者は31.1%増加していた。一方,前年度の2009年12月から2010年2月の自殺企図患者数は91名であり,2010年12月から2011年2月の自殺患者(73名)と比較するとこの時期の自殺企図患者数は減少していた。また,前年度の12月から2月と4月から6月を比較すると自殺企図患者数は1名しか増えていない。Krugらはアメリカ合衆国において震災後に自殺率は62.9%増加したと報告している。また台湾での2つの報告では,1999年に発生した震災後に自殺率は増加していた。これらは被災地での報告であるが,神奈川県のように直接被災していない地域でも自殺企図患者は増加していた。この理由としては,神奈川県が被災地に比較的近いこと,今回の東日本大震災が非常に大規模な地震であったこと,原子力発電所が大きな被害を受けたために放射能の汚染問題や大規模な計画停電があったこと,経済的な損失も大きく,仕事を解雇されたり,収入が減少したり,勤務地が変更になるなどの職業的な問題が発生したこと,など複数の問題が混在していたためと考えられる。実際に本研究における自殺企図の背景にある心理社会的要因は,震災後のB群では経済問題は22.7%,職業問題は14.4%と震災前と比較すると増加していた。また本研究において,A群では男性は19名(26.0%),B群では34名(35.1%)であり,震災後の方が男性の割合が高い傾向にあった。さらに,男性の中でもっとも自殺企図の増加率が高かった世代は40-59歳であり80.0%増加していた。Liawらは年齢を4つのグループに分けて比較を行い,その結果45-64歳の男性のグループが他の世代と比較して有意に自殺率が増加していたと報告している。彼らはその理由として台湾において45-64歳の年代は典型的には家族に対する経済的な責任があり,その年代の男性が震災後に解雇されことが原因ではないかと示唆している。本研究においても,男性の無職者は震災後に66.7%増加していた。そして男性の心理社会的要因としては,震災前後で職業問題は2名から9名に,経済問題は5名から15名に大きく増加していた。これらの結果から,本邦においても震災後の経済的な問題が自殺企図に影響を与えている可能性が高いと考えられる。

本研究における身体的重症度は震災後のB群において有意差は認めないものの高い傾向にあった。自殺企図手段ではすべての項目で有意差は認めないが,一酸化炭素中毒や熱傷に関しては震災後のB群において高い傾向であった。また刃物を使用した自殺企図の中で腹切りをした症例はA群では3名,B群では7名であり震災後に増加していた。Liawらは台湾において震災後の自殺企図手段として,過量服薬が最も多く,二番目に縊頸が多かったと報告している。

本研究の結果として,東日本大震災後は自殺企図患者が32.9%増加した。直接的な被災地でない地域でも震災により自殺企図の頻度や臨床的特徴に影響を与える可能性がある。本本試験は震災後の前後3カ月間の比較であり,被災地以外の地域における震災が自殺企図に与える影響について評価するためには長期的な観察研究が必要である。そして震災後の自殺企図のリスク因子を抽出し,その上で自殺予防,そして再企図防止のアプローチをしていく必要がある。

記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
     専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)