臨床情報「持効性注射剤に関する意識調査について」
今回は、「持効性注射剤に関する意識調査について」です。
私の論文より一部抜粋しています。
統合失調症の薬物治療においては継続した服薬遵守が重要であり,服薬中断による再発率は服薬継続時の2倍に上ることが知られている。しかしながら,患者の病識が不十分であること,不適切な治療環境,錐体外路症状(Extrapramidal Syndrom:EPS)のような副作用により,服薬拒否や服薬中断が生じることで,服薬アドヒアランスが低下すると考えられる。このような問題点を解決するための手段として,1960年に1回の投与で2-4週間作用が持続する第一世代抗精神病薬(First-Generation antipsychotics:FGAs)の持効性注射剤(Long-acting Injection:LAI)が開発された。FGAs-LAIは経口FGAsと比較して再入院率や再入院の期間を減少させることが報告されており4),LAIの有用性が示されている。
LAIは欧州では使用率が高く維持治療の重要な選択肢として普及したが,本邦では,病識がなく拒薬する患者や服薬コンプライアンスが非常に悪い患者への強制的な使用との認識が大勢を占めており,普及率は低いものであった。
1990年代にはリスペリドンをはじめとする第2世代抗精神病薬(Second- Generation Antipsychotics:SGAs)が導入され,陽性症状に対する治療効果のみならず,陰性症状への効果やEPSの軽減が期待された。その結果,FGAs及びFGAs-LAIよりもSGAsの方が患者にとって有用であり,より高いアドヒアランスが得られるものと考えられた。しかしながら,SGAsにより副作用の軽減や症状の改善は認められたが,予測されたようなアドヒアランスの著しい向上にはつながらなかった。
海外では2002年にSGAsのLAIであるリスペリドンの持効性注射剤(RLAI)が使用可能となり,経口剤と比較して症状の改善や再発及び再入院の抑制が認められ7),13),欧州では再度LAIの処方割合が増加している。
本邦においても2009年にRLAIが使用可能となり,これまでの治療スティグマとは異なる,新たなLAI治療の可能性が考えられるようになった。実際に,海外における調査結果では,患者のLAIの受容率は実際に臨床で利用されている割合よりも高いことが示されており,医療従事者の印象とは異なり,患者はLAIに対する抵抗感を感じていないことが示唆されている。そこで,精神科の外来患者を対象として,服薬状況を調査するとともに,RLAIについて適切に説明した際の受容性について意識調査を行った。
統合失調症の薬物治療において,再発防止のためには服薬アドヒアランスが重要であり,服薬中断期間の長さに比例して再入院率が上昇することが示されている。しかしながら,病識の低さ,副作用の発現など様々な理由で服薬が継続できない可能性が考えられる。実際に,抗精神病薬の治療開始から最初の3ヵ月以内の服薬中断率は約50%であることが報告されている。また,治療期間が長くなるにつれ服薬アドヒアランスが低下する。本邦においても,受診時に薬が余っている患者の割合が45.7%で,そのうち,半数以上の薬が余っている患者は約20%に達することが報告されている。
更に,薬瓶の蓋を開けた日時を記録するMEMS(Medication Event Monitoring System)キャップを用いて服薬状況を調査したところ,70%以上の服薬率を示した患者は52%であるのに対し,医師側は100%の患者がほとんど服薬できていると判断していた。別の報告では,68%の患者が自己評価によりすべて服薬したと回答したが,実際のピルカウントではすべて服薬していたのは10%のみであった。以上のように,患者および医師ともに,実際の服薬状況よりも高く見積もる傾向があることが示されている。
今回の調査においても,36%の患者で服薬を忘れることがあると回答しており,服薬遵守の難しさが示された。また,服薬を負担に感じている患者は32%であり,更には54%が家族による服薬確認が行われていることから,服薬継続に対する患者本人および家族の負担の大きさがうかがわれる。実際に,患者のLAIへの期待としても,「生活が楽になる」,「飲み忘れがなくなる」,「服薬の確認をしなくていい」のように,服薬管理が不要となることで患者および家族の負担が軽減することが求められている。
更に,副作用が少ない新規薬剤であり,痛みが少く,2週間毎に1度だけ注射するRLAIについて説明したところ,32%の患者で導入を希望した。Heresらは,LAI治療歴のない患者におけるLAI受容率は23.4%であると報告しており,当院においても同様の傾向が示された。一方,先行研究においては入院患者および外来患者とも40%以上がRLAIの導入を希望した。この違いについては,医療従事者の患者への説明の仕方により受容率が異なるとの報告があることから,更なる受容率の向上を目指したRLAIの説明方法について検討する必要があると考える。また,LAIについて82%の患者が知らないと回答したことから,これまで患者に対してLAIの説明がされていないため,受容率が低く得られた可能性も考えられる。
精神科医におけるLAI使用に対する海外の意識調査において,医師はLAIの患者や家族の受容は良くないと考えており,LAIを使用しない理由として「LAIは治療している医師からは推奨されているけれども,患者が拒否するため」ということが多い。しかしながら,医師の想定する患者受容率と実際の患者受容率には差が認められており,精神科医が患者のLAI受容についての誤った思い込みがあると考えられる。
本調査ではLAIの治療経験がない患者に限定して調査を行っているが,デポ剤の治療経験がその受容を促進するとの報告,一方,過去のLAI治療によるネガティブな評価を継続し受容が悪くなるとの報告がある。したがって,LAIによる治療経験の有無がRLAI導入に対する影響についての検討が必要であると考える。
なお,RLAIによる治療を希望した患者において,実際にRLIA治療を開始し,調査時の印象とを比較したところ,「思っていたよりも痛くない」,「服薬についてうるさくいわれないため,ストレスが減った」,「これまでは1日に何度も服薬するたびに自分が病気であることを思い知らされたが,そのような負い目を感じなくてよくなった」など,予想を上回る効果を実感しているようである。また,調査時には「試してほしくない」と回答していた患者でも,他の患者の印象を聞くことでRLAIに対する興味を示しており,RLAI治療の提案を受容する可能性も考えられる。
以上のように,本邦でもRLAIが使用可能となったことで,治療の選択幅が広がった。今後は,RLAIを含めた治療法を提示し,患者自身が継続できる治療法を自己決定することでアドヒアランスの改善が期待される。さらには,RLAI治療により患者および家族の負担が軽減することにより治療が継続され,再発が抑制されることが期待される。
記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)