臨床情報「高齢者うつ病の自殺企図の特徴について」
今回は、「高齢者うつ病の自殺企図の特徴について」です。
私の論文から一部抜粋しています。
日本の高齢者の自殺率は諸外国と比較しても高く,60歳以上の高齢者の自殺の原因・動機としては,1位:健康問題,2位:経済・生活問題,3位:家庭問題となっている。健康問題の中では病気の悩み・影響(うつ病)が占める割合は高く,平成22年においては7,020名と最も多くなっている。これまでの研究においてもうつ病は高齢者の自殺のリスク因子であると報告されている。また高齢者は若年者と比較するとより自殺既遂に至りやすく,さらに未遂に至った場合でも予後が悪いと報告されている。うつ病は自殺のリスク因子であるが,高齢者はその他の世代と比較すると異なる特徴がある可能性が考えられる。その場合には自殺予防や再企図防止のアプローチも年齢別に異なる方法で行う必要がある。今後日本はさらに高齢化社会となっていくことが予測される中で,うつ病を合併する高齢者の自殺企図の臨床的特徴を抽出し,自殺予防や自殺再企図防止につなげていくことは非常に重要である。
我々は救命救急センターに入院となり,うつ病性障害と診断された自殺企図患者を高齢者群と非高齢者群とに分けて解析を行い,うつ病性障害を合併する高齢者の自殺企図の臨床的特徴について調査を行った。自殺企図で入院となった患者264名(高齢者群30名)の中で84名がうつ病性障害と診断され,その中で65歳以上の高齢者は22名であった。身体疾患の既往は高齢者群で有意に多く,一方で未婚,過去の精神科既往,過去の自殺企図歴は高齢者群で有意に少なかった。自殺企図手段では高齢者群で過量服薬は有意に少なく,毒物は有意に多かった。そして,HAM-D17スコアは高齢者群で有意に高かった。また重症患者は高齢者群で有意に多かった。
これまで研究で,うつ病性障害が高齢者の自殺の大きなリスク因子であると報告されている2,4,7)。本研究においても高齢者の自殺企図患者の中でうつ病性障害を合併していたのは73.3%と多かった。Conwellらの報告では,高齢者の自殺企図患者において54-87%に気分障害が認められている。またTakahashiらは,高齢者の自殺企図患者の中で52.0%がうつ病性障害を合併していたと報告している。これらの結果からもうつ病性障害は高齢者の自殺企図の重要なリスク因子であると考えられるが,本研究において入院前にうつ病性障害と診断されていたのは22名中6名(27.3%)であった。Suominenらは,高齢者の自殺企図患者の多くはかかりつけ医を受診しているが,その中で気分障害と診断されていたのは4%であり,自殺企図後には57%の高齢者が気分障害と診断されたと報告している 。このように,高齢者の自殺企図患者は自殺企図後にうつ病性障害と診断され初めて精神科での治療を開始されるケースが多いため,自殺再企図防止のためには高齢者へ対するうつ病性障害の早期発見,早期治療が必要である。そして本研究でも高齢者群の63.6%が身体疾患の既往があるように,本邦においても多くの高齢者が身体疾患の治療のためにかかりつけ医を受診しており,うつ病性障害の早期発見のためにはうつ病性障害の啓蒙活動や,かかりつけ医でのスクリーニングが重要であると考えられる。
本研究において,HAM-D17スコアは高齢者群において有意に高かった。うつ病性障害を合併している自殺企図患者の中でも高齢者のうつ症状の程度はより重度である可能性がある。また身体的な重症患者は高齢者群で有意に多く,ICU入院期間,全入院期間は共に長かった。そして高齢者の自殺企図手段は,非高齢者群と比較すると過量服薬が有意に少なく,毒物が有意に高かった。毒物の中では有機リンが最も多く使用されており,有機リン中毒は身体的に重症になりやすい。このようにうつ病性障害を合併する高齢者は非高齢者群と比較するとより重篤な自殺企図手段を選択しているために入院時の身体症状が重症化しやすく,入院期間が長くなると考えられる。海外でも高齢者はより致死的な自殺企図手段を使うと報告されている。
次に,身体疾患の合併に関しては高齢者群で有意に高かった。高齢者群の合併する身体疾患は,悪性腫瘍(4名,28.6%),脊椎圧迫骨折・脊髄損傷(4名,28.6%),脳出血(1名,4.5%),心疾患や呼吸器疾患(1名,4.5%),膠原病(2名,9.1%),胃潰瘍(1名,4.5%),てんかん(1名,4.5%),甲状腺疾患(1名,4.5%),その他(4名,28.6%)であった。これまでの報告では,悪性腫瘍,HIV/AIDS,てんかん,ハンチントン病,多発性硬化症,潰瘍性疾患,呼吸器・心疾患,脊髄損傷,全身性エリテマトーデス,などの身体疾患は自殺のリスクを増加させると報告されている。もちろん他の世代と比較した場合,一般人口においても高齢者が身体疾患を合併することは多いが,うつ病性障害を合併する高齢者の自殺企図を防止するためには,治療者は慢性疾患を合併している高齢者は自殺のリスクが高くなることを強く認識する必要がある。また自殺企図後に精神科での治療を継続する場合には,家族にもそのことを十分に説明し本人のサポートを強化していく必要がある。自殺再企図防止のためには本人のみへのアプローチでは不十分であり,家族の支持機能を強化する必要がある。そして精神症状が持続する場合には精神科病院での入院治療も早い段階で考慮する必要がある。一方,サポートする家族がいない場合には精神症状が改善するまで精神科病院での入院治療を考慮したり,その後の外来でもソーシャルワークにつなげ,訪問看護,グループホーム,施設入所,などの社会資源を利用した多面的なアプローチが必要である。その場合には医療機関だけでなく,地域の保健所,精神保健福祉センター,自助グループ,などとの連携が必要である。
記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)