臨床情報「思春期自殺企図における家族の役割について」
今回は、「思春期自殺企図における家族の役割について」です。
私は大学病院勤務時代に、救命救急センターリエゾンという仕事をしていました。児童精神科医でありつつ、救命救急センターに搬送されてくる外来、入院患者さんの中で、精神科的治療が必要な方に救命救急科の先生と一緒に治療に参加していました。その中でも自殺企図で搬送されてくる方は多く、多くの時間を治療につかっていました。その中で自殺再企図を防ぐためにはどうしたらいいのか、ということが私の臨床の中で大きなテーマになりました。自殺をテーマに臨床研究をいくつか行い、論文も発表してきました。
今回は思春期の自殺企図、ないしは自殺再企図を防止するための、家族の役割について考察しました。
<自殺の原因>
Bio-Psycho-Socialモデルで考えると以下のようにまとめることができる。
・Bio
身体疾患
精神疾患
家族歴 (精神疾患、自殺)
年齢、性別、人種等
・Psycho
性格
コーピング能力・対処方法
・ Social
経済問題
家庭問題
今回はこの中で家族の問題についてフォーカスします。
<家族の問題>
幼少期に何らかの原因により家族(主に養育者:通常は母親であることが多い)に見てもらいたい,甘えたいとうい気持ちを不自然に抑え込む
↓
親子の間での情緒交流の障害
↓
家族内で依存する経験が少ない
(適切な二者関係を築く経験に乏しい)
↓
言葉による問題解決や他人とのコミュニケーションが不得手
↓
思春期に至り否定的なライフイベントに遭遇した際
社会的孤立感にさいなまれ自傷行為を選択する
上記のような構図ができあがっているケースは非常に多く。それはどの精神疾患だからというわけではなく、生育歴上に共通点があるなという印象は臨床をしていて感じていました。自殺企図に至る思春期例において共通する生育歴を以下にあげてみました。
<家族の問題が自殺準備因子である子どもの生育歴>
乳幼児期
• 人見知り、後追いが少ない
• 反抗が少ない
• 余り泣かない
• 余り甘えない
• 弟妹ができても子供返りしない
• 年下の子どもの面倒をよく見る
• 幼稚園で分離不安がない
• 年長時,園の出来事を余り話さない
• 概してAttention Seeking Behaviorが少なく余り手がかからない
学童期
• 低学年時,学校の出来事を余り話さない
• 問題行動がない (言わない)
• 小学校3年以降も特定の友人が少ない
思春期以降
• 弱音を吐かない (頑張り屋)
• ひとたび主張すると押し通そうとする (頑固)
• Problem-Solving Skillが未熟でありストレス を不適切にためこむ
• 思春期以降に否定的なライフイベントに遭遇した際,社会的孤立感を実感し
Attention Seeking Behaviorとして自傷行為を選択
<なぜ子どもは情緒交流を望まなくなるか?>
お世話をしてくれる人が
① 支配的
② 何らかの理由で不安定
③ 共感性に乏しい
↓
子どもは
①言えば見てもらえなくなる
②言えば迷惑をかける
③言っても相手にしてくれない
↓
要求することをあきらめる (いい子にならざるを得ない)
これはリネハンが言うところの、境界性パーソナリティ障害における不認証環境に近いと思います。適切に養育者に認識されることがない環境は、あらゆる疾患のベースになる可能性があり、また将来の自殺企図につながるリスク因子の一つになると思います。
自殺企図に至る子どもたちの生育歴の特徴がある程度明確になってくれば、それに対してなんらかのアプローチを考える必要があります。臨床上重要なことは、自殺企図に至る可能性があることを早く見つめ、それを早期に修正すること、もしくは自殺企図後であれば再企図を防止することが重要なテーマとなるからです。
<思春期の自殺に対するアプローチ①>
思春期における自殺企図の再企図防止に対して有効な方法は示されていない
自殺は精神症状の1つと考えられる
自殺準備因子*(精神障害,心理・社会的準備因子)に対する認識と介入の重要性
精神障害の有無を慎重に判断し適切に対処
心理・社会的準備因子に積極的に介入
介入の仕方としては大きくわけると①合併する精神障害に応じた介入、②心理・社会的因子に対する介入の二つになります。
①<精神障害に応じた介入>
精神病性障害
気分障害
不安障害
境界性人格障害
広汎性発達障害
適応障害
診断なし
②<心理・社会的準備因子に対する介入>
家族が自殺企図の危険因子から保護因子に変化したとき,
自殺の再企図は防止できるのではないか
まず①に関してはそれぞれの疾患を適切に診断し、その治療自体を早期に治療していくことになります。②に関しては具体的には以下のようなアプローチになるのではないかと思います。
<家族の問題に対するアプローチ>
・親子からの詳細な生育歴の聴取
・親子のみならず治療者も現在や過去の単一エピソードにこだわらない。点としてではなく過去から現在に至る連続した線として理解する
・親の受容能力を判断する。負担をかけすぎることで返って不安定になり,子どもも不安定になる
・誰が悪いかという問題ではない。親や子どもの責任として問題を扱わない。治療の目的は犯人探しをすることではなく,なぜそのような関係になったのかを治療者とともに真摯に考察する
次に思春期自殺、再企図防止の限界について考えてみます。
① 精神障害:精神病性障害,境界性人格障害は困難を伴う。しかし頻度としては高くはない
→なんらかの精神障害の診断がつかないケースが結構ある。つまり病気をなおすことが自殺企図、再企図防止につながらない。
② 家族の問題:
1,親もしくはそれに代わる支持者の存在
2,支持者とともに病院を受診する
※ 最低限この2つの条件を満たさない症例の治療は困難が予想される
→家族の支持機能を高める、もしくはこれまでの不認証環境をかえるアプローチは思春期例の自殺企図、再企図防止に有効であると考えられるが、親もしくはそれに代わり支持者が一人もいないケースではそれは難しくなる。またその支持者がいても一緒に病院を受診していなければアプローチ自体ができない。
<まとめ>
・思春期における自殺企図の再企図防止のためには,精神障害の診断と治療を適切に行うことが重要です。
・親子に対する治療的介入により親子が相互に変化し,自殺の危険因子である家族が保護因子となりえたとき,自殺の再企図を防止できる可能性のある一群があります。
途中で書いたようにこれらのアプローチにも限界があり、すべてのケースに適応することはできませんが、このような発想をすることができれば、これまで企図を防ぐことができなかったケースの一部に対し有効な介入ができるのであれば、意味のあることだと思います。
大学病院の救命救急センターには多くの自殺企図の方が搬送されてきていましたが、通常診療にも自殺企図リスクのある方は少なからず含まれていると思います。
このような考え方は、治療者側だけでなく、自身が自殺企図という問題解決手段に至りやすいと思っている方が自己分析をするためにも有効だと思いますので、このような形で記載させていただきました。
どちら側の方に対しても少しでもヒントになればいいなと思っています。
記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)