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臨床情報「精神科医からみた子どものADHD‐生育歴をふまえた診断と治療」

精神科医からみた子どものADHD‐生育歴をふまえた診断と治療

 今回はADHDをテーマにしましたが、精神科での治療は①病態水準に合わせた精神療法、②横断的診断(DSM)に対するエビデンスのある治療、のダブルスタンダードが基本です。②に関してはpubmedなどで論文を検索し、最新のデータを自分の中でアップデートし続けていく必要があります。日本語の論文のみでは最新のデータを獲得することは難しいため、英文の論文を読めるようにならなければエビデンスレベルの高い治療法を選択することができません。科学的に根拠のある治療法とは日々変化していくからです。エビデンスレベルの高いものから治療方法を選択していくのが②の治療の基本となります。今回は①に関してはADHDという疾患を例にあげ、解説してみます。

 ADHDに限らず子どもの精神疾患の診断と治療に必要なことは見立てであり,現在の問題点から疾患を予測し仮説を立てていく必要があります。仮説を検証する作業が生育歴を追うことであり,その後の経過を見ていくことです。仮説を検証する過程で,生育歴や治療経過が見立てからずれた場合には,もう一度両者を振り返り,診断が合っているのか,生育歴が正確に聴取できているのか,他に影響を与えている因子があるのか,などを再検討し見立てを修正していく必要があります。見立てをし,仮説を検証するためにはADHDの生育歴の特徴を知ることが重要です。そこでADHDの生育歴の特徴について,本人,家族(特に母親)の2つの視点から考えてみます。

1.本人の生育歴の特徴
 まず,本人の生育歴について考えてみたい。ADHDと診断した場合,乳児期より発達の問題を抱えてきており,定型発達児とは異なった育ち方をしてきたことが予想される。本人の抱える困難さはADHDの中核症状である不注意,多動,衝動性のために生じることが多く,特に多動,衝動性が強い子どもは幼稚園や保育園の頃から集団行動での問題が出現することが多い。一方で中学生や高校生になるまで問題とならないケースとしては,多動,衝動性が目立たない不注意優勢型が多いと考えられる。「おっちょこちょいでおっとりしている子」として周囲から扱われており,小学校ではトラブルが目立たない。しかし,中学生や高校生になると環境がより複雑になり,また勉強も本格的に始まるため,不注意症状のために優先順位がつけられない,並列作業がこなせない,スケジュール管理が苦手である,などの点で学校でうまくいかないことが増えてくる。このようにいずれのケースでも,多動,不注意,衝動性の症状のため幼少期からの失敗体験を繰り返している場合には自己評価が低下していることが多い。もちろん,失敗のパターンは過去からの連続性があり現在の問題点へとつながっている。失敗体験が増えることにより自己評価が低下しさまざまな症状が出現し精神科受診となることが多い。さらに,ADHDの疾患特性を両親が理解できていないために適切に本人をサポートできず,社会的支持者を得られないことでより大きな問題へと発展してしまう。

2.親からみた生育歴の特徴
 次に,親,特に母親からみた生育歴について考えてみたい。発達上の問題点を抱えながらADHDと診断をされずに育ってきた場合,そこでは両親と様々な葛藤が生じてきたことが予想される。具体的には,ADHDの特性から幼少期から育てにくさがあり,またその特性による困難さが母親のしつけや教育の問題へとつながり,そのことで母親が祖父母や学校の教師から責められることが少なくない。生育歴上でのADHD児と母親との関係は特徴的であり,多動,衝動性が強い子どもは3歳以前から症状が出現しており,母親は本人から目を離すことができない状態が続く。また,指示が入りにくかったり,行動の切り替えができないことも多く,定型発達の子どもと比べると異なる困難さがある。「自分の子どもなのに考えていることが分からない」という不甲斐なさを感じ続けていたり,また「自分の育て方のせいだ」と考え,自分を責めがんばりすぎている母親も多い。その場合には母親自身の自己評価が下がっていることがあり,精神科の受診時に母親の今までの努力が大変だったこと,受診するのにも覚悟が必要だったこと,などを話し母親を労うことから面接を開始する必要がある。そのことで母親の肩の荷がおり母親が安定することで,本人への関わりが変化し症状が落ち着く場合も臨床の現場ではよく経験することである。

 要するにADHDを含めた子どもの精神疾患の場合,本人自身が発達上の問題を抱えているということと,それを前提とした親子の葛藤が現在まで存在している可能性があることを理解する必要があります。病院への受診が何らかの理由で遅れた場合,その葛藤の歴史が長く,そこに学校や親以外の対人関係の問題が深く関わり,問題がより複雑になりやすいと考えられます。

子どものADHDにおける対応
1.ADHDにおける対応と治療
a.治療の目標
 彼らはさまざまな理由により医療機関を受診することになるが,治療者はどこに治療目標を置くのかを考慮しなければならない。そして個々のケースによって異なるが,ADHDの中核症状の根治は現段階では望めないため,患者がADHDを持ちながらも,それによって生じる本人や家族の困難さが日常生活上少しでも軽減されることが治療の主たる目標になる。
b.心理・社会的治療
 現時点で使用可能な薬物によって,個人差はあるものの不注意や衝動性を中心とした症状や,二次的に生じている抑うつなどの症状が多少なりとも改善することにより,患者の日常生活に対して間接的に良好な影響がある可能性は考えられる。しかし,ADHDの治療には薬物療法だけではなく,同時に心理・社会的治療を併用することが重要である。
 まず小児期に受診するADHDに対して治療上もっとも重要なことは,本人,家族に対して病態に関する正確な知識を伝えることである。ADHDの子どもは,幼少期からのADHDの症状により失敗体験を繰り返しており自己評価が著しく低い状態で受診することが多い。本人と家族から生育歴を振り返る作業を通じて,これまでの失敗体験の多くがADHD症状により引き起こされていたことを本人と家族が理解することができる。 そしてその上で,患者の生活場面で必要とされるスキル(もの忘れへの対処,片付けの方法,スケジュール管理,優先順位の付け方,苛立つ場面での怒りの転化方法,集中力の持続のための工夫など)の獲得に対する援助が必要となります。

記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
     専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)