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臨床情報「せん妄(Delirium)について」

今回は「せん妄」について、私の論文から引用しつつ解説します。


せん妄は軽度の意識障害を背景に,精神症状として気分障害,精神運動興奮,幻覚,認知機能障害,など多彩な病像を伴う意識変容を呈する病態です。私が勤務していた大学病院の救命救急センターには,事故,身体疾患の急性増悪,自殺などで多くの患者が搬送され入院になっていました。入院後に出現したせん妄の管理・治療のための精神科依頼は多く,全体の約14%を占めます。これまでに救命救急センター入院中の患者の15-20%以上にせん妄が認められたと報告されています。
せん妄のために身体治療が遅れ,入院期間が延長することがあるため,せん妄に対する適切な診断,予防,治療を含めた精神医学的管理が必要であり,救命救急センターでの精神科リエゾンの重要性は高まっています。せん妄の治療には原因となっている身体疾患の探索と治療,環境調整などが最も重要です。しかし,ICUで出現したせん妄は生命にかかわる問題となることがあり迅速に対応しなくてはいけないケースも多く,その場合には薬物療法も重要な治療選択肢の一つであると考えられます。

せん妄に対する抗精神病薬の使用に関して,従来はhaloperidol(HPD)などの第1世代抗精神病薬(first-generation antipsychotics)の投与が中心でしたが,近年は第2世代抗精神病薬(second-generation antipsychotics: SGA)の有効性に関する報告が増えてきており,特にrisperidone(RIS),olanzapine(OLZ),quetiapine,aripiprazole(APZ), perospirone(PER),blonanserin(BNS)などの有効性が報告されています。一方,ICUでのせん妄に対するSGAの有効性に関してはOLZ,APZが報告されています。

私たちも救命救急センターE-ICU・E-HCUに入院となりせん妄と診断され抗精神病薬を投与した患者を対象としてAPZ群と非APZ群の2群に分けて比較を行い,APZの有効性と安全性について検討しました。
本研究において,APZ投与によりMDAS(せん妄の評価尺度)のスコアが18.4±3.3 (治療開始時)から4.4±3.1 (治療終了時)に減少しており,統計学的に有意差を認めました(P<0.05)。MDASの改善率は75.0%であり,非APZ群との有意差はなく効果は同等でした。平均投与期間も両群で有意差はありませんでした。また副作用に関して,傾眠のみAPZ群で出現率が低く有意差を認めております(p=0.045)。さらに,血圧,脈拍,体温,呼吸数,心電図の異常も認めませんでした。このことは,APZがドパミンD2パーシャルアゴニストであり,また他のSGAに認められるヒスタミンH1,ムスカリンM1,アドレナリンα1といった受容体への親和性は低いため過鎮静,QTc間隔延長などの副作用が少ないためと考えられました。過鎮静はふらつき,めまい,立ちくらみなどの原因となり,転倒などの危険性もあり,高齢者では特にリスクが高いと考えられます。また,過鎮静は身体疾患の治療をさまたげ,重症化させる危険性があります。救命救急センターに入院となる患者は重度の身体疾患の患者が多く,本研究でも10名(50%)の患者は重症群でした。また,高齢者(65歳以上)の割合も50%と高い。本研究の結果から,救急救命センターE-ICU・E-HCUに入院となっている身体的に重症な患者や高齢者の患者のせん妄に対して鎮静作用が少ないAPZは比較的安全に使用でき,有効である可能性があると考えられました。しかしAPZ群では過活動型せん妄は25.0%であり,有意差は認めないものの非APZ群よりも少ない数値でした。APZは鎮静作用が少ないため過活動型せん妄へは効果不十分となる可能性も考えられるため,今後さらなる検討が必要です。

記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
     専門:児童精神科(日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)