臨床情報「自閉症に対する抑肝散の有効性について」
今回は、「自閉症に対する抑肝散の有効性について」です。
自閉性障害(autistic disorder: AD)は対人相互反応における質的な障害,コミュニケーションの質的な障害,行動,興味,活動の限定された反復的で常同的な行動によって特徴づけられる疾患です。ADの行動上の障害として興奮性があり,他者への攻撃性,自傷行為,癇癪,気分易変性などの症状として出現する場合があります。ADに対する治療の中心は療育的アプローチであり,早期から療育を行い,ADの疾患特性を理解した上で学校や家庭の環境調整することが最も重要です。療育的な関わりや環境調整を行っても興奮や癇癪が強く学校や家庭での適応が困難となる場合には,薬物療法も治療選択肢の一つであると考えられます。しかし薬物療法は対症的なアプローチであり単独では有効ではなく,療育的アプローチと併用していく必要があります。
Risperidone(RIS)とaripiprazole(APZ)は小児(6-17歳)のADにおける興奮性(他者への攻撃性,自傷行為,癇癪,気分易変性を含む)の治療に対してU.S. Food and Drug Administration(FDA)で承認を受けており、その後日本でも保険適応となりました。また,その他の第2世代抗精神病薬(second-generation antipsychotics: SGA)では,quetiapine(QTP)やolanzapine(OLZ)がオープン試験において児童や思春期のADにおける興奮性に対して使用され有効性が報告されています。しかし児童・思春期の患者は抗精神病薬による副作用が成人と比較すると出現しやすく,錐体外路症状,過鎮静,口渇などの副作用は家庭や学校での生活に大きな影響を与える可能性があります。
抑肝散は医療用漢方製剤であり,7種類の生薬(Atractylodis lanceae rhizome, Poria, Cnidii rhizome, Angelicae radix, Bupleuri radix, Glycyrrhizae radix, Uncariae uncis cum ramulus)を含んでいます。本邦では神経症,不眠症,小児夜泣き,小児疳症に対して適応があります。Iwasakiらは無作為化比較試験においてレビー小体型認知症(Dementia with Lewy Bodies: DLB)に対して抑肝散を投与し,認知症の精神行動障害(behavioral and psychological symptoms of dementia: BPSD)である興奮・攻撃性,焦燥・易刺激性,異常行動,睡眠障害の有意な改善を認めています。またMiyaokaらはオープン試験において境界性パーソナリティ障害(borderline personality disorder: BPD)に対して抑肝散を投与し,Brief Psychiatric Rating Scale (BPRS)の有意な改善を認め,BPRSの下位尺度では,不安症状,敵意,猜疑心,非協調性,精神運動興奮の項目で有意な改善を認めています。このように抑肝散はさまざまな疾患に対して有効性を認めており,安全性も高いと考えられます。
抑肝散に含まれる、Angelica radixは抑肝散の重要な成分の一つであり,セトロニン5-HT2受容体やGABA受容体に作用すると報告されています。これまでにセロトニンによる中枢神経系の調節が興奮や攻撃性に関与している可能性については示唆されており,実際にいくつかの研究ではセロトニン減少と攻撃性が関連していることが報告されています。またADの研究においても,セロトニン作動性システムの発達の異常が自閉症障害の中核的な行動異常に関与している可能性があると報告されています。これらの結果から,抑肝散のセロトニンに対する効果がADの興奮性の治療に対して有効であった可能性が示唆されています。
ADの興奮性に対するSGAの有効性は多数報告されています。しかし,抗精神病薬による副作用は児童・思春期においては発現しやすく,過鎮静,錐体外路障害,糖代謝異常,心血管系異常などのリスクがあります。Miyaokaらの報告においても,20名のBPDに対して抑肝散(平均投与量 6.4±1.9g)の投与を行い,安全性に関しては血液検査での異常を認めず,頭痛,吐き気が2症例,全身倦怠感が1症例認められただけで重症度も軽度であり過鎮静は認めていません。過鎮静は子どもの活動性を低下させ,学校や家庭での生活に支障が生じる可能性があるため鎮静作用のほとんどない抑肝散は児童,思春期のADの治療では使用しやすいと考えられます。しかしADの子どもに対して抑肝散に限らず投薬を行う場合には,言語障害が強い子どもの場合は薬剤の副作用が出現しても自分で訴えることができないことを常に意識し,副作用出現を見逃さないようにする必要があります。
記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
専門:児童精神科(日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)