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臨床情報「緩和ケア領域におけるせん妄の治療について」

今回は、「緩和ケア領域におけるせん妄の治療について」です。

私の作成した論文より一部引用しています。


緩和ケア領域の患者がせん妄になりやすいことは一般的に知られている。特に進行がん患者では病院やホスピスに入院した患者の26-44%でせん妄が生じ,80%以上は終末期にせん妄になるという報告がある。そのため緩和ケア領域においてせん妄の治療は重要な位置づけにあると考えられる。
せん妄は身体疾患に由来する直接因子だけで生じるものではなく,環境などの誘発因子の影響を強く受ける。もちろん,せん妄治療の原則はせん妄の原因となっている直接因子の除去にあるが,緩和ケアの対象となる患者は原因治療が困難なことが多いため,対症療法的なアプローチが中心となり非薬物療法的な患者アプローチや環境調整をまずは行う必要がある。しかし,緩和ケア領域で認められるせん妄の中には対症療法を行ってもコントロール困難な症例があり,そのような場合には薬物療法も重要な治療選択肢の一つとなる。緩和ケア領域のせん妄患者の治療としては抗精神病薬の有効性についての報告が散見されるが,いまだに治療法は確立されていない。

緩和ケア領域のせん妄について
はじめに示したように進行がん患者では病院やホスピスに入院した患者の26-44%でせん妄が生じ,80%以上は終末期にせん妄になると報告されている。緩和ケア領域の患者がせん妄を呈した場合,まず原因の評価とそれに応じた対応を考慮する。環境面では部屋の移動や照明の調節を行い日中起きていられるよう呼びかけ,そして家族へ説明し声かけを促すなどの調整を行う。オピオイドが原因と考えられるせん妄の場合はオピオイドの減量,種類の変更,そして投与経路の変更などが推奨されている。しかし実際は疼痛のためにオピオイドの調節が困難であったり,環境調節のみではせん妄のコントロールができないことも少なくない。一般の入院患者とは違い終末期の患者が多く全身状態の改善が難しいことも多い。そのため臨床ではせん妄の治療として抗精神病薬を使用することが一般的に行われている。終末期を含むせん妄患者の約50%が可逆性との報告もあり,患者と家族がより良い終末期医療を受けられるように適切な治療を行うことが必要であると考えられる。

緩和ケア領域のせん妄患者に対する薬剤選択の検討
せん妄に対する薬剤として最も一般的に使用されている従来の抗精神病薬としてhaloperidol(HPD)がありその有効性はさまざまな研究から報告されている。特に抗精神病薬の中でも唯一点滴製剤として使用できるため,内服できないせん妄患者に対して使用しやすい薬剤である。しかし副作用として錐体外路症状,抗コリン作用,高プロラクチン血症,消化管運動低下や循環動態の抑制などの症状が生じやすい。そのため近年ではせん妄に対して従来の抗精神病薬よりも比較的副作用の少ない非定型抗精神病薬を使用した報告が増えてきており,その有効性も認められてきている。特にRISとOLZについてはLonerganらの報告によると効果と副作用の点でHPDと同等であることが示されている。またalipiprazole,quetiapine(QTP),そしてperospironeなどその他の非定型抗精神病薬についてはせん妄に対する有効性の報告は散見されるが大規模な臨床研究は行われていない。今回使用したBNSについてはKatoらがせん妄に対する有効性を報告しているが,他の非定型抗精神病薬と同様に大規模な臨床研究は行われていない。

我々の症例で使用したblonanserin(BNS)について
BNSはドパミンD2受容体とセロトニン5-HT1A受容体に対して強い遮断作用を有するセロトニン・ドパミン遮断薬である。RISによく見られる高プロラクチン血症やOLZ,QTPで見られる過鎮静などの副作用が比較的少なく,OLZやQTPは糖尿病を合併していれば使用禁忌であるがBNSは添付文書上では慎重投与となっており糖尿病を合併したせん妄患者にも注意して使用することが可能である。緩和ケア領域においては進行がん患者やオピオイドを使用した際のせん妄患者に対してHPDだけでなくRIS,OLZなどの有効性が報告されている。その他の非定型抗精神病薬に関しては緩和ケア領域のせん妄患者に対しての有効性の報告はまだまだ少なく,BNSに関しては報告されていない。緩和ケア領域のせん妄は原因となっている身体疾患が改善しないために長期化することが多く,抗精神病薬の選択に関しては短期的な副作用だけでなく長期的な副作用が少ない薬剤を選択していく必要がある。ガイドライン上では決められた抗精神病薬はなく,その時の患者の状況に合わせて薬剤選択をする必要があると考えられる。鎮静作用の比較的少ないBNSは緩和ケア領域で使用しやすい抗精神病薬である可能性がある。

薬物療法については保険適応になっている薬剤については添付文書どおりに、国内で保険適応となっていない場合はエビデンスの高い順に使用する方がリスクが少ないと考えます。薬物療法は効果と副作用のバランスの上で成り立っています。使用しないにこしたことはありませんが、時にリスクをとってでも治療しなくてはいけない場合があります。そのタイミングが遅くなりすぎるのもデメリットが大きくなり、使用時期の判断は非常に重要です。

記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
     専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)