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臨床情報「小児社交不安障害(social anxiety disorder)の薬物療法について」

今回は、「小児社交不安障害(social anxiety disorder)の薬物療法について」です。

私の作成した論文より一部引用しています。


社交不安障害(social anxiety disorder: SAD)は人前で恥ずかしい思いをするのではないかと過剰に心配し,そのために恐怖心が非常に強くなり,日常生活に様々な支障が出る疾患である。小児のSADでは学校での成績の低下,友人関係の制限や孤独,友人からのいじめ,不登校,進学困難など多くの機能障害をきたすとされる。病因論としては従来の心因論から近年セロトニン関連の研究や脳の画像研究など生物学的要因への関心の移行が認められる。小児SADの治療については精神療法,認知行動療法,薬物療法が提唱されてきたが,最近では認知行動療法と薬物療法の併用が最も有効であると考えられており,より薬物療法が重要な位置を占めるようになってきた。

SADの特徴・疫学
SADは他人の注視をあびるかもしれない社会的状況や行為をする状況において,顕著で持続的な恐怖を抱き,自分が恥をかかされたり,恥ずかしい思いをしたりするような行動をとること(または不安症状を露呈すること)を恐れ回避してしまう状態である。疫学研究によればDSM-Ⅳを用いた米国でのSADの生涯有病率は12.1%と極めて高い有病率を示し,男女比では女性に多いと報告されている。その中で,児童期の有病率は1‐7.6%,青年期の有病率は4‐9%と高く,幼少期に発症し11歳までに約50%,20歳までに約80%発症すると報告されている。このようにSADは小児,思春期に発症する重要な疾患である。またSADは他人と話をしたり,他人の前で行動したりする際に強い不安感が生じるため,そのような状況を回避しようとするため行動が著しく制限され,他者とのコミュニケーションを中心とした社会生活に支障をきたす。そのためSADは社会生活の障害が大きい病態として注目を集めている。とくに,児童期青年期のSADでは,学校での成績の低下,友人関係の制限や孤独,友人からのいじめ,不登校,進学困難など多くの機能障害をきたすとされる。またSADの症状は慢性化することが多く,未治療の状態では症状が悪化することが多いため早急の治療が必要であるとされる。

SADの生物学的要因
SADの発生機序は現時点では明らかになっておらず,セロトニン仮説,アドレナリン仮説,ドパミン仮説,GABA調節障害など様々な報告を認める。とくにSADでは扁桃体と前頭葉において5-HT1A受容体の結合能が低下していることや,fMRIやPETなどの機能的脳画像を用いた研究で扁桃体や海馬,前頭葉の活動亢進が報告されており, SADの病態生理にセロトニン仮説が重要であると考えられている。セロトニン受容体の中で,5-HT1A, 5-HT2A, 5-HT2C, 5-HT3 が不安に関与するとされ,特に5-HT1A受容体が主要な役割を有すると報告されている。5-HT1A作動薬の抗不安効果により不安に対するセロトニンの有効性が確認され,さらにセロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitors: SSRI)は扁桃体や前頭葉においてシナプス後部のセロトニン受容体を介した神経伝達物質の増加により抗不安作用を有するとされ,SSRIの有効性がセロトニン仮説のさらなる根拠となっている。

SADの治療について
SADの治療は薬物療法と精神療法が主に行われるが,薬物療法ではSSRIの有効性と認容性が多くのコントロール研究によって示されており,現在では第一選択薬となっている。SSRIの中でも,SER,FLX,paroxetine(PAX),escitalopram(ESP)については多くの報告がある。特にSSRIはメタ解析にてSADに対するnumber need to treat(NNT)は3.7であり有用性は高いと報告されている。一方,三環系抗うつ薬(tricyclic antidepressant: TCA)の中で比較的セロトニン再取り込み阻害作用の選択性が高いclomipramineもその効果は実証されているが,副作用の頻度がSSRIよりも高く 安全性という点から第一選択薬とは考えられていない。また,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(selective noradrenaline reuptake inhibitors: SNRI)のvenlafaxine(VLF)の有効性も報告されており,米国ではSADの治療薬として認可されている。しかし,本邦ではFLX, PAXのみSADに対して適応がある。そして,長期投与による効果および再発予防効果が報告されているのはSSRIではSER,PAX,ESPであり, SNRIではVLFのみであり,いずれも長期維持療法に効果的であり再発予防効果がある。さらに,SERはQOLや社会機能の改善を認めたと報告されている。SADのその他の薬物治療として高力価のベンゾジアゼピン系抗不安薬であるalprazolam, clonazepamの有効性が報告されているが、SADはアルコール依存,薬物依存が併発しやすいため,副作用や依存性の観点から第一選択薬とはなり得ない。また,SADの治療薬として抗てんかん薬のgabapentin, pregabalineの有効性が報告されている。一方SADに対する精神療法としては,認知行動療法(CBT)の有効性が多く検討され,高い有効性を認める。その他に行動療法,暴露療法,社会技能訓練(SST)が挙げられる。

小児SADの治療について
小児SADの治療は薬物療法と精神療法が主に行われるが,薬物療法ではSSRIが第一選択であると考えられている。小児不安障害(SAD,分離不安障害,全般性不安障害を含む)に対するSSRI,SNRIの有効性はいくつか報告されており,FLX,fluoxetine(FLO),PAX,SER,VLFの効果が海外で実証されている。FLX,FLOに関しては嘔気などの腹部症状の副作用を認め,PAXに関しては希死念慮が出現したと報告された。SERに関して副作用はプラセボと同等で重大な副作用もなく希死念慮の出現も認めなかった。特に小児不安障害の中でも小児SADのみ対象とした研究はSERのオープン試験と,PAX,VLFの無作為化二重盲検プラセボ比較対照試験だけであり,その結果SER、PAX、VLFの有効性と忍容性が認められた。副作用に関してはSERは重大な副作用もなかったが, PAXは希死念慮が出現したと報告された。上記研究は短期の薬物効果を見ており長期の薬物効果については今後の見解が待たれる。またBZ系抗不安薬に関しては小児では有効性が確立されておらず、またその依存性や反跳現象、眠気などの副作用から使用はなるべく避けるのが望ましいと報告されている。精神療法においてはCBTの有効性を認めており,SSRIとCBTの併用療法を行った研究はSERのみであり、併用することで有効な改善を示した。

記事作成:加藤晃司(医療法人永朋会)
     専門:児童精神科(日本精神神経学会専門医、日本児童青年期精神医学会認定医、子どものこころ専門医)